ファイル10 サービスドリンク
スタッフルームでコール音が響く。
「別府です。あぁ、ご予約の件ですね。かしこまりました」
店長は自分のデバイスのコーリングに対応していた。
ーーーー今年もあの時期が始まった。
流行病の予防接種の時期だ。
去年の夏に入る前、ここに移動してきた店長がいきなり予防注射をしたいと言い出した。
予防接種ではない、予防注射だ。
予防接種と予防注射、同じものと思うかもしれないが、厳密に言えば違う。
予防接種にはもちろん注射も入るが、予防接種は何も注射だけではない。
予防接種には注射はもちろんのこと、塗るタイプ、飲むタイプ、点鼻タイプといろいろあるのだ。
特定の医療従事可能者であれば、特定の研修を受ければ予防接種を行うことができる。
もちろん、私もその研修を受けているので注射以外の予防接種なら行うことが可能だ。
(注射の場合、病院の勤務歴や受けるべき研修などの条件が厳しいのだ)
事の始まりは去年、別府店長が異動でやってきてしばらくしたある日の出来事。
突然の言葉にひっくり返るかと思った。
私に注射製剤を調剤できるかどうかをいきなり聞かれたのだ。
この仕事について何年も経つが、注射製剤なんて学生時代の実習の時以来触ってない。
私は、できないことはないと思うけど自信がないと応えた。
するとあろうことか、どこからか仕入れてきた注射製剤の研修に無理やりうけさせられた。
そして、休日手当てとしてステーキハウス『テキサスキング』のお食事券を3枚ももらったのだ。
当然だが思わず、わかりました!と元気よく返事をしてしまった。
ーーーーいくら私と言えどもテキサスキングには行く機会はなかなかない。
予防注射を行う際、過度な拒否反応が起こることがある。
この拒否反応に対しては手早くある薬品を注射しないといけない。この緊急性が高い拒否反応に対する注射はそれこそ医療従事可能であればだれでもいいのだ。
去年はうちの店長が結構な人数(おそらく50人くらい)を注射したので、軽く5人くらい拒否反応を示した。
しかも腹立つことにだ。必ず注射の予約を私が勤務中に入れてくるもんだから、なんかあったら問答無用で呼び出される。
そして、今年も何もなければいいなぁと思いながら店長が予防注射している横で勤務している私がいる(確定)。
しかし、今年はいつもと訳が違った。
「どういうことですか!!?相談もなしに私の予約を入れるなんて!」
スタッフルームで声が響いた。
「・・・サート子ちゃん、今回だけだから」
怒りのあまり声を荒げた私に頭を下げた男がいた。
「百歩譲って自分の予約ならいいですよ。なんで私が店長の代わりに予防接種を行わないといけないんですか!!!?」
怒りの余り、私はスタッフルームのテーブルを叩きそうになった。
「・・・・そこをなんとかね?」
頭を下げる店長を私ははらわたが煮えくり返るお想いで睨み付けた。
そして、怒りを込めた言葉を突き付けた。
「私、小さい子どもや女性が専門ですけど、それでもよろしければ」
ーーーー確かに私は予防接種を行うことができる。
もちろん塗るタイプや飲むタイプがメインだ。
この店でも、ベビー用品のコーナーや女性用品のコーナーで予防接種の相談についての貼り紙をもちろんしている。
仕事や家族の都合で病院行けない人のために予防接種を行いますと言う貼り紙だ。
やも得ない事情がある人のための貼り紙なのだ。
ここで、このとんでも男は一体何をしたか、はっきり言おう。
ある人物から予防接種を女性にして欲しいと言われたそうだ。で、飲むタイプなら大丈夫ですとホイホイと予約入れたと言うのだ。
「もちろん、もしもの時のためにあいつと奥村もいるから」
ーーーーそういう問題か!!!?
と言いたい気持ちを抑えた。
「まぁ、スタッフの安全が第一ですからね」
私の言葉はいつもより刺々しかった。
予約の日まで時間がある。
自分の苛立ちを抑えながら仕事と準備をする。
ーーーーー大体、私より高級な薬剤師(性格は決していいといえない)である店長じゃダメなのかね?
世の中、わからないこともある。
少なくとも私より腕はたつぞ~とその人に言いたい。
時間が過ぎ、予約の日、当日となった。
事前に、面談室に仕切りを作り2つにわけた。
日が沈み、その時間は来た。
私はいつも通りカウンターで業務をしていた。
「すみません。アツシ・・・えーと店長いますか?」
若い男が私に声をかけた。 彼は店長の幼なじみで名を奥村 悠真(ハルマ)と言う。
ーーーーどうやら何かの雑誌の記者かなんからしいと、以前店長が言ってた。
「面談室です。
入って左側のブースになります」
私は応えた。
「わかりました。ありがとう!!」
奥村さんは走っていった。
ーーーーしばらしすると
「すみませーん。店長います?」
ガタイのいい男、Dだ。
ーーーー店長が言っていた。もう1人の客はこいつか。
「面談室です。左側のブースです」
私は案内した。
ーーーーあと1人は私の客だな。
私はバイトちゃんにカウンターを任せて、面談室のもうひとつのブースで待機することにした。
私はいつもの制服ではなく研究者用の白衣を纏った。我ら薬剤師の正装である(これはあくまで冗談だが)。
私がいるブースには冷蔵庫が置いてある。いつもは冷蔵保存が定められている薬(一部の座薬や目薬など)が入っている。
今はそれに加えて、飲む予防接種と私が用意した サービスアイテムが入ってる。
思うところは多い。
私もプロだ。やる以上は全力である。
ーーーーもちろん、ファインファインの店員としてだ。
しばらくするとその人物は姿を現した。
「予約した者です。よろしくお願いします」
来たのは白髪混じりの初老の男性。
「こちらこそ」
私はニコッと返した。
「それでは確認です。お昼ごはんを食べてから
何か食べたりしてませんか?」
ーーーー原則、接種のタイミングは食間・・・分かりやすく言えば空腹時だ。
「はい。お茶やコーヒーは飲んでますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
ーーーー水分は当然問題ない。
私は優しく言葉を返すと冷蔵庫から飲むワクチンを
取り出し、男性に渡した。
「それでは、どうぞ」
男性はおそるおそるワクチンを受け取った。
そして、ゆっくり口につけ、一気に飲み干した。
「それでは今から15分ほど、椅子に座ってそのままじっとしてください」
急性アレルギー(アナフィラキシーショックと呼ばれる)が出る可能性があるので、接種の後はそうしてもらう。
15分くらいしてなんともなければ大丈夫であることが多い。
「ホントに何もしないのは疲れると思います。
なので、デバイスを操作したり、携帯用端末を
操作しても大丈夫ですよ」
私は笑顔で言った。
「わかりました」
男性は仕事で使うであろう携帯用端末を取り出し、何かを読み初めた。
ーーーーおそらく、仕事の書類だ。
男性の手の動きから察するには、何らかの操作をしている。
ーーーー多分、管理職かな。店長の上の上の人みたいな感じだろう。
私は男性の様子を伺いながら次の用意をする。
ーーーーいわゆる接客タイムだ!
ここで売上を上げるのだ(腹立つがコレはコレ、ソレはソレである)。
男性がワクチンを接種してから15分が過ぎた。
それを確認してから私は冷蔵庫からあるものを取り出し、男性に告げた。
「お疲れ様でした。予防接種はこれで終了となります」
そして、そのまま冷蔵庫に取り出したものを渡した。
「こちらはサービスになります。乳製品や小麦などのアレルギーがなければどうぞ」
「おおっ。いただこう」
男性は一気に飲み干した。
「うっ!!!?」
男性はうずくまった。
「どうしましたか!!!?」
隣のブースにいた店長が飛び込んできた。
「うっまーい!!!!」
男性が一気に立ち上がったので、勢い余った店長がずっこけたのが見えた。
「なんなのだ。この飲み物は。うまいじゃないか!」
ーーーーリアクションがオーバー過ぎて声がでない。
ふと後ろの方を見た。
なんか抗議の声をあげたそうにしている店長を男二人が抱えて、引き上げていた。
ーーーー多分近くでスタンバイしていたDと奥村さんだろう。
一方は力ずくで抑えていたし、もう一方はなだめていたし。
私は不満不服の爆弾となった店長を片付けられているのを見届けた。
そして、笑顔を作り説明を始めた。
「こちらはこの商品の試供品になります」
私は商品の箱を取りだし、見せた。
「これは一食分で1日の必要なビタミン、ミネラル、アミノ酸が摂取できます。そして、ローカロリー。飽きが来ない様にフレーバーもついてます」
「ふむ。さっき飲んだ分だけでなんかお腹が膨らんできたぞ」
「そうなんですよ。ダイエットには最適なんです」
私はニコニコ言葉を返した。
この男性が余計なことを言わなければこのままセールストークは続いていたであろう。
「わざわざ、こんなのを用意しなくても考えてすればいいじゃないか」
ーーーー本末転倒。商品の存在意義を否定してる。
「失礼しました。申し訳ございません」
私は頭を下げた。
嫌なやつには適当にあしらいたいのは山々だが、あえて丁寧に対応する。
ーーーーまぁ、仕事中だから。
「今後、私はあなたから予防接種の予約をお受けしませんのでよろしくお願いいたします」
「待った!待った!なんで!?何故なんだ!!?」
「大半の人にはそんな時間はないからです。
あなたにはその時間があるからそう言うのです」
私は息を整えた。
そしてーーーーーーーー
「何の為の商品ですか?何の為のサービスですか?少しでもの楽をして少しでも身体を休ませて貰う為のものでしょう」
私の感情は爆発して口から雪崩れた。
「私はいろんな人を見てきました。小さい赤ちゃんを連れてきたお母さんもいました。赤ちゃんの予防接種を行った後待ち時間の間、お母さん、疲れていたのか寝てしました」
男性はただ、黙って聞いていた。
「わかります?どれだけ大変だったのか。私は当事者じゃないからわかりません。ただ、想像以上に大変であることしか」
「・・・・悪かった」
男性は頭を下げた。
「そうだ。わしは家族のことを見てなかった。年頃の娘がいるんだ。さっきの商品、もっと詳しい説明してくれないだろう?」
「かしこまりました」
私は笑顔で説明を初めた。
男性の対応が終わった後、私は店長に報告すべく面談室のもう一つのブースに向かった。
「なかなかやりますね。このオレが手こずるなんて」
ーーーー何か話し声がする。
私は足を止め、話を聞くことにした。
「スッゲーな、アツシ。珍しく褒められているな」
「フフフフ!!これが研究の成果だ!!」
バサッという音が聞こえた。
『おおーっ』
男二人の歓声の声が聞こえた。
「よーし!おれもっと」
「ここまできたらオレもやりましょう!!」
何か落ちる音が聞こえた。
ーーーーそろそろ入るか。
私はバサッとカーテンを開けてブースに入ろうとした。
「店長、無事に終わりました・・・・・・ってなにやってんですか!!?」
カーテンの向こう側では上半身裸の男三人が互いの身体を見せ合っていた。
「あれ?来てたの?」
「失礼しました!」
私はいそいそと異常空間から逃げ出した。
ーーーーちなみにあの中で一番良い身体をしていたのはDである。
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