第469話 I've been

由香は、ジェットバスのなかで、ゆらゆら揺れながら

すこしマジメに「でもさ、タマちゃんだってあと20年たったら60だよ」



友里恵は、大きなお風呂で泳ぐマネをしながら「うん。だからさ。

最初に「赤ちゃんほしいー」って言った。」



由香は「あれ、本気だったのか」と笑う。



友里恵も笑って「そーだよ。でも、タマちゃんが

元の仕事に戻るって言って。


一緒にお店を持つのは、先送りになったから。



「好きにしていいよ」って言ったんだー。



だから、あの人がもし困って、あたしのこと、オモイダしてくれたら・・・

あたしの出番!」と、お風呂のなかで、伸びをした。




由香は「そっか。友里恵ももしかして東北人じゃないのか?

情に篤いぞ。それ。

タマちゃんが他の女と一緒になったら、どうするんだよ」と、

心配した。



そういえば、由香の就職先が無くて困ってたから

ペット・トリマーの仕事に行かず

一緒にバスガイドになった。


そういう友里恵である。



友里恵は「うん、それでいいの。あたしがいいんだから。」



由香は「そっか・・・思ったとおりにするのが一番だよな。・・・って

それ、愛紗に言った言葉じゃん、友里恵が」



友里恵は、お風呂に肩までつかって、うなづく「そーだよ」

笑顔。


由香は、なんとなく愉快になって笑った「そーだよな」



いつまでも、そのままでいいよな、って。由香も思った。





いい旅の思い出に、なった。






愛紗は、2階の露天風呂に入って月を眺めていた。


「のどかだな」と、ゆったり。


どこかで、ピアノの音がする。




チャイコフスキーの12月、かな・・・・「クリスマス」だったかしら。



と、遠く、どこかに聞こえるそのピアノの音と、白滝川の流れる・・・さらさら、と言う

音をききながら

温泉で。




同時に「履歴書書いておいた方がいいかな」なんて・・・先の先まで考えていたりして(^^)


マジメな愛紗である。






「先に送っておけば、行かなくても済むけど・・・・」とは思う。

でも、旅もいいものだし。

とりあえず、やってみたいんだし。




温泉からあがって。「あーさっぱり」と。浴衣着て。羽織。


タオルをぶらさげて。



下駄、ではなくてサンダルで、すたすたと

2階のテニスコートの脇を歩いていたら・・・・・「あ」



どこかで見覚えのある人影。



背が高く、がっしりとして。黒い髪。同じように羽織で。

タオルを下げて。


「やあ」と、言ったのは山岡だった。






同じころ・・・・大岡山の千秋は。

明日からの添乗訓練に向けて、早く寝た。



まだ9時前だけど。明日は、ダイアに合わせて先輩ドライバーに添乗して

実際の路線を覚えたり、発生するトラブルの対応などを生で体験する。


時々は、ハンドルを握って運転訓練もする。

当面は昼間だけだが、ゆくゆくは夜間訓練もする事になる。


女子なので20時までだが、男子ドライバーは23時まで続く事もある。



なので、こんなに早い時間に寝るのは、訓練時だけである。

女子ダイヤであっても、家に帰れるのは21時くらいになる事もあるだろう。



静かな住宅地の、山に近いこじんまりとした一軒。

その2階の部屋で。千秋はお布団を敷いて、ゆっくり。


床についても、そんなに、いきなり眠れると言うワケでもない。


いろんな事が記憶を巡って・・・・。



「寝るのも仕事」だと言ったのは、古参のドライバーの斉藤だった。


指導員、白髪、銀縁メガネ、穏やか。

大学教授、といわれても納得してしまいそうなお人柄。



整備教習の時、そんなことを言っていた。

寝る時間もマチマチになるので・・・そうして休憩時に

すっ、と寝ないと。



事故の原因になるから。そんな理由だった。




そんなことを考えているから、眠れない・・・のかな。



遠くの街道を通る、オートバイの音が聞こえたりする。




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