第432話 ds

理沙は、落ち着いていた。

25歳の女の子にしては、とても。


勤務変更や、超過勤務、突然のクルーズ・トレイン牽引、なんて事件にも

全く動じないのは、機関士向きである。



右カーブの由布院駅、構内踏み切りをゆっくりと進む。

1番線はポイント制限が無い、でも、ゆっくり。

万一にも事故があっては、ならない。


まして、構内踏み切りである。


バリアフリー以前には、この位置に踏み切りは無かった。

エレベータ設置を行う程の乗降数ではない、と言う事もあるし

台風がよく通過するこの地も関連である。





主幹制御器、ノッチ4に進める。



構内踏み切りが、かん・かん・かん・・・・。とベルを鳴らして



「速度、40!」





理沙が落ち着いているのは・・・・高校時代、ドラムを叩いていたのも

関係しているかもしれない。


バンド、ドラムって、音楽全体の進行を纏める役、でもある。


ベー・ドラ、スネア。シンバル。


すっ、とん、ととん、とことこ・・・。


不規則なようで、きちんと、タイミングを維持しないと

楽曲にならない。






別に、好きで始めた・・・と言う訳でもなく


友達に誘われて、バンドの同好会、みたいな事をして。


ドラムの成り手がいないので「引き受けて」と言う、友人の願いで。

でも、引き受けたから、マジメにする。



みんな、クラスメート。女の子ばかりの4人。

ベース、ギター、キーボード。



どちらかと言うと、キーボードとか、そういう楽器の方が

女の子には人気がある。


ギターも最近は。


ベースとドラムは、なんとなく男職場、みたいなところもあるし

しっかり、できる人でないと。



反復練習。地道に、リズムキープ。

そういう鍛錬が、なんとなく機関士の仕事に似ているのかもしれない。



バンドそのものは、特に目立った成績は残さなかったけれど

青森・弘前と言う土地柄もあって、結構、人気はあったりして。



地元のミニFM局にDJとして・・・なんて話もあったくらいで。



そういう道も、また、楽しいかもしれないけれど


鉄道員は、家の仕事。


そんな意識もどこかにあったのか、理沙は

迷わずに、庫内手のアルバイトを選び、後に本採用、

機関士見習いへと・・・・。



その人生に、聊かの迷いも無かった。


迷うと言う選択肢が、元々無かったのもある。




「次は、南由布、停車!」と、理沙は、計器盤の右上にある仕業票で

停車確認。


下り勾配なので、0ノッチに戻す。


かたたたん・・・かたたたん・・・機関車の下で、車輪が踊っている。



南由布は、大きな右カーブを曲がり、農道のオーバー・クロスを潜ると

すぐ、である。



機関士・理沙はふと思う「今晩は、由布院泊まりで丁度良かった(^^;」


愛紗たちに付き合って、そうする予定にしていたので

偶々、超過勤務になって着く先が由布院駅だった。



「あ、でも晩御飯は先に食べてて貰わないと」と・・・。


庄内駅に着いた時にでも、連絡しようかな。なんて。

庄内は有人駅であるので。


4号車で、愛紗と菜由は、長かった旅を思い出して

過ぎてしまった時が美しく、楽しかった事。



いい旅だったな、と・・・。心を満たしていた。



そういう時間を沢山、持つ事が・・・いい人生なのかもしれない。



菜由は、庄内のおばさんに愛紗がどう言うつもりなのか、と

尋ねようかと思ったけれど


愛紗が車窓を眺めながら、旅に耽っているので

止めにした。



どの道、着けば解るだろうし

菜由がそれを知る必要もない。


車掌・洋子がふと、菜由と愛紗のそばを通り過ぎて行った。



小柄で、愛らしい風貌の洋子だが

制服を着て、腕章を着けた姿は凛々しかった。



その後姿を見ていて、なんとなく感じるものがある愛紗だったりもした。






元々由布院駅は「北由布」だった。

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