第415話 乗客案内掛のおしごと

そんな機関士・理沙の頭上から、ぱらぱら・・・と雨粒が。

帽子、整備士のような丸い布とつばの短い、それを被っている理沙は

別に気にしない。


そんなことを気にしないのが、機関士・ENGINEERである。

女だからと言って、雨を気にするようでは機関士とは言えない。


背中の窓は開け放たれていて、雨がぱらぱらと降って来てはいるが

にわか雨。



「春雨じゃ、濡れて参ろう」ではないが・・・

理沙も特に厭わずに、そのまま。


機関士席に座っていれば、雨はそんなに当たらない。



主幹制御器ハンドルを握り、力行! 



前方、注視!



速度、55!



1350psエンジンは、軽々と回っている。


機関は快調である。







車内を巡回している文子は、まあ、概ね学生ばっかりなので

ひと安心(^^)。


そういう子は、ものを尋ねては来ない。



恥かしがりの文子は、突然何かを聞かれるのがニガテだったりする。




と・・・・・。




高校生たちから離れて、デッキ近くの席に座っている旅行かばんを

網棚に上げたおばちゃん。

丸顔、ふんわり、にっこり。「あ、あの・・・・車掌さん?」



文子は、背中から呼び止められてどっきり。「はい。」と、努めて冷静に(^^;


でも、ドキドキ。



おばちゃんは「大分で泊まろうと思うのです。どこか、いいところありますか?」



文子は、ほっとした。列車ダイヤのこととか、乗り換えのことなら車掌・洋子を呼んでこな


いと・・・と、思っていた。


お宿なら、自分でもわかるかな?と思って。「ご旅行ですか?」




おばちゃんは「ハイ。中津からバスで耶馬溪を回って、豊後森に着いたんです」


文子は「ビジネスホテルでしたら、大分にも沢山ありますから、駅の旅行センターで

予約は取れます。ご旅行に相応しいお宿、例えば温泉とか、お食事のお好みとか、

いろいろありますけれど。温泉でしたら大分まで行かずに、由布院、湯平辺りの方が

楽しいかとも思えます」



それは、乗客案内掛の仕事である。




と・・・・洋子が、文子の様子を気にして、編成の端、車掌室から見ていた。



「あの様子なら、だいじょぶかな?がんばって、文子ちゃん」。



と、にこにこ。






おばちゃんは「由布院ってお高いでしょう?」と、愛嬌のある笑顔で。



文子は「はい、高級なお宿はそうですね。でも、公共のお宿とかでしたら

そうでもないと思います。

私どもの施設でしたらKKR由布院などですと、レストランでご飯も頂けますね。

空室があれば、ですけれど。」



おばちゃんは「空室・・そうですね。金曜だとどうかしら?」



文子も、そこまでは解らない。


さて困った(笑)。





そこに・・・最後尾車両に座っていた愛紗と菜由。


菜由が「あれ、文子ちゃんかな」



愛紗「そうね・・・何か、ご案内かしら」


少し時間が掛かっているお話っぽい。




愛紗は、席を立って「ちょっと、見てくるね」




菜由はにっこり。





と、思ったら。車掌・洋子は

車掌室から。



さっ、と歩いて。





愛紗は「さすが、お姉さん」


菜由は「いい先輩ね」







3号車に、洋子。「いかがなさいましたか?」と。



文子は「あ、あの・・・・お宿の空室が解らないので、由布院に泊まろうか、と・・・」



洋子は「お客様、お好みは、和風のお宿でございますか?、それとも・・・」



おばちゃんは「なんでもいいのよ。今日泊まれて、できれば温泉、ご飯があれば」




文子が「それでKKR由布院がいいかと」




洋子は「お客様、しばらくお待ちください。調べて参ります」



と、踵を返して車掌室へ戻る。



鉄道電話。


携帯電話を使うと「勤務中」なので・・・あらぬ誤解を受ける(^^)事もある。



車両についている、旧式の受話器を上げて。由布院駅を呼び出して。



「もしもし、こちらは275列車車掌です」


由布院駅の旅行センターの女子職員「はい。何か?」



洋子は「KKR由布院に空室、あります?ご飯つき」




由布院駅さん「ちょっと待ってください・・・」と、灰色の検索端末で調べる。




和室1室、洋室1室。




洋子はそれを聞き「とりあえずキープしてくださいますか?時間が時間だし」




由布院駅さんは「解りました」






洋子は、車掌室から戻り「和室・洋室1ございます。いかがなさいますか?」



おばちゃんは「そうねー、じゃ、和室!ご飯は付きますか?お幾ら?」



洋子は「はい、ルームチャージは2750円~ですね。お食事はお好みで

別精算です。

一品も、コースもございます。

朝食は1250円~ですね。国鉄か、公務員の方が家族にいらっしゃれば

割引になります」




おばちゃんは「安いのねー、びっくり。じゃ、そこでいいわ、由布院ね」



洋子、微笑む。「かしこまりました。予約は取れておりますので、後ほどお伝えいたします」



と・・・次の駅が近づいて来たので急いで車掌室に戻る。





すこし早足。


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