第414話 C61 2 蒸気機関車

豊後森駅のホームが行き過ぎる。


275列車、機関士・理沙は

横向きの運転席から、背中越しに窓から乗り出して


後方、異常なし!


指差しはしない。主幹制御器、制動弁に手を添えている為である。


一瞬の後方確認、すぐ、前方を見る。


DE10 1205は、凸型機関車だが、エンジンが1機の為

凸の左右の長さが異なる。

大分方面に向かう時は凸が短いので、前方が見やすい。



ごく稀にだが、ホーム上の旅客が列車に接触する事もある。

理沙はまだ、その事故に遭遇した事は無い。

青森・大分など、ローカル線区が担当の為である。

大都市ではよくあるそうだ。



駅構内を過ぎると、主幹制御器、左手にあるレバーを回し


V12シリンダ、61000ccディーゼル・エンジンへの燃料を増加させ、

更に燃料噴射タイミングを進める。

1350psを発揮するエンジンは、客車4両程度では軽々と率いていく。

理沙の足もとで轟音を発している。

かなりの熱量なので、そこだけは電気機関車の方がいいなと理沙は思う。



でも、内燃機の生きているような感覚は、故郷、青森で親しんでいた

蒸気機関車を思い出させて、なんとなく懐かしく思う理沙である。



自宅の近くにある、奥羽本線・撫牛子駅。


遠くにある線路から聞こえる、蒸気機関車の汽笛は

例えばC61や、D51は力強く、9600はやや、可愛らしく聞こえたりして。


C61 2、D51 1がお気に入りだった。


線路から離れている理沙の家で、その音を聞いては

機関車の種類を当ててみたり。


時折、線路沿いに見に行ったり。



そんな経験が、理沙を機関士職へと導いたのだろう。





車両最後尾、車掌室。

ブルートレインのような、丸みを帯びたテールエンドのこの最後尾、車掌室窓から

少し顔を出して。

帽子の顎紐を掛け、左手で帽子を押さえながら、右手はドアスイッチに手を掛けている。


豊後森駅のホームが行き過ぎる。



車掌室に頭を入れて(よく、なれないと帽子をぶつける)。



ホームを振り返る。  



ホーム、異常なし!


左手に白い手袋、二本指で指差し確認呼称。



ふと、安堵する一瞬である。


大都市近郊の普通列車などは特に混雑時に、事故を意識する。

幸い、大分辺りではそれほど、怖い事に出会ったことは無い。




安堵すると感じる、客車列車の静粛さ。



レール・ジョイントを車輪が超える音が響くだけ。


発電機のある車両では、ディーゼルカーのようにエンジンの音が床下で響いてはいるが。

それも風情である。



久大本線は架線が張られていないので、ディーゼル・エンジンの響きと

その匂いは日常の一部であるが。





洋子は、客室を振り返り「文子ちゃんはどうしてるかな?」




車掌補・文子は

快速列車なので少し、手持ち無沙汰である。

検札、と言うほどの仕事もないので、車内巡回、乗客案内・・・である。


黒のスーツ、赤いライン。ワンポイント。


左腕には緑の腕章が


乗客案内

STEWARDESS


と、ある。


乗客から見ると乗務員なので、旅行者がよく乗る区間だと

乗り越し・乗り継ぎなどの処理を求められる事がある。

その辺り、車掌区では判っていて「タウンシャトル」に乗務させて

少しづつ、慣れてもらおう。


そういう、教育、みたいなところもある。

同じ大分車掌区の、仲の良い、洋子が一緒であるから

心配はないだろう、と言う・・・車掌区長の配慮だったりもする。



でも、恥ずかしがりの文子ちゃんは、ぎこちなく(^^)

車内巡回をしていたりする。


普通列車なので、検札はまあ、ない。


可愛らしいので、高校生の男の子が

少し、ときめいて・・・文子をみていたりする(^^)。こともある。


車掌の制服を着ていて、でも、まだあどけないような

恥ずかしがりの文子ちゃん。


優しく見守る洋子も、それは、また・・・「優しいお姉ちゃん」に憧れる

高校生の子、どちらかと言うと女の子の方が多いみたいな。

そういう子らの視線を集めていたりする。




そんな車内は、懐かしい手作りの雰囲気の残る国鉄12系客車である。

本来急行型なので、普通(快速)列車で乗れるのは結構ゴージャスである。

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