第410話 DE10 1205 起動!

「おつかれさまでしたー」と、千秋はにこにこ。元気。


ここは、大岡山営業所。

千秋が、路線教習、今日の運転を終えて終着点呼。


指令の野田は、ダイヤ・ボードの向こう。

天井から無線機のマイクが下がっている。


ざー・・・・さ。無線の音が響いている。



野田もにっこり。



青いつなぎ服のまま、千秋は営業所のドアを開けて

出て行って。

振り向いて挨拶。




指導の森は、脂ぎった額をハンカチで拭って。笑顔。

日焼けの顔。すこし薄くなった頭。綺麗に撫で付けてある。


制服をきちんと着て。



野田が「どう?」




森「ああ、あの子?大丈夫じゃない。路線覚えたら乗務訓練で」



乗務訓練と言うのは、プロの仕事に添乗して

時々、ハンドルを握る。

先輩が隣の席か、後ろに居て

困った時だけ支援する・・・と言う。



もうひとりの指令、細川は「うん。まあ・・・でも一応2週間は路上訓練だし。

頑張らせちゃって、潰れちゃうと困るし」



野田は「日生のこと?」




細川は細身、背は高い、ひょうきん。「いやーぁ、そうは言わないけど。

日生は元々、あんまり向いてないもの」


それは、長年の経験でなんとなく解るらしい。



野田も黙って頷いてから・・・・「そうだな、あの子はガイドで居た方がいいのに。

可愛がられて、大事にされて・・・そういう生き方をしてきた子だね」



なりたくても、なれない自分もある。



木滑も「うん、無理しなくていいって俺も言ったんだ」



愛紗の路線教習の時、海岸沿いの西のはずれの駅。転回させたバスで

缶珈琲を渡して。


事故寸前で、木滑が咄嗟の機転で乗用車を止めた事で

おばあちゃんは轢死を避けられた。


その現場に居合わせてしまった愛紗は、怖れを感じてしまったのだった。




木滑は、優しい男である。小柄、にこにこ、ひょうきん。組合の委員長をさせられても

にこにこと、ほんとはしたくなくても引き受ける。


船越英一郎に似ている(^^)。



独身、ひとり暮らしだったのだが・・・


知り合いの女の子が転がり込んできて、そのうちに、誰かの子供を産んだ。

木滑には覚えがないが、それでも、住ませてあげている。


その女の子が、木滑を利用しようとしたとも考えられるが

それは問わず、住ませてあげている。

そういう、懐の広いところがある人物だ。




有馬は、黙って聞いていて「うん、たぶん・・・・辞めるだろうな。そうしたら自由契約にして」

と言った。



野田は「そうだね。そのうちババアになってから」と、笑った。




細川が「ここの女たちみたいに?」



野田は慌てて「よせよ、殺される」



みんな、ハハハ、と笑った・・・・。








機関士・理沙は一旦エンジンを止めてあった

DE10 1205の機関室に再び入る。


ランボードから、デッキを回って。

機関室ドアを開ける。

緑の運転席がふたつ、横向きに。

左側の席に座る。

腰の位置を落ち着けてから・・・メインキーを回した。



ぴー


警報音が鳴るが、これは確認である。

異常がないので、すぐ停まる。




インジケータ・ランプが点灯して、消える。

油圧・水温。


ふ、と空気圧計の針が上がる。エア洩れはないようだ。

編成にホースがつながっているので、いくらか洩るのだが

実用上問題がない程度らしい。


逆転機レバーは中立。

油圧は正常。

機関車の空気圧も正常。

変速機は中立である。


それらを、ひとつひとつ指差しして確認して。




右上にある始動スイッチを押した。



V配列12シリンダ、61000ccディーゼル・エンジンを

セル・モータが回転させる。


すぐに指を離す。


重々しくもなく、呆気なく。自動車のように。


温まっていたエンジンなので、直ぐに始動する。




ごーぉ・・・・と、V12シリンダエンジンが、回り始める。


元空気ダメ圧力計が、僅かに揺れる。



この瞬間が、なんとなく理沙は好きだ。

蒸気機関車も好きだが、ディーゼル機関車は瞬間、目覚めるように

エンジンを震わせて。



座席から伸び上がって、左上にあるATSスイッチを入れる。



ぴー・・ぴぴ。


起動する。




列車無線には、先ほどからスイッチが入っている。

豊後森は都市から離れているので、何も聞こえない。

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