第371話 9001列車、天ヶ瀬、早着10秒!

動力レバーを左に。クラッチを解放すると

DE10 1205は、その重量で進む。

編成は軽い。乗客数はそれほどでもない。


かたん、たん、かたん・・・・。


機関車5軸、客車2軸・2軸。トロッコ客車、2軸・2軸。


ちょっと面白い変拍子リズム。


理沙は、なんとなく・・・・故郷、青森・弘前の

長閑な、昔の景色。

それと、音楽を思い出していた。


理沙は、ドラムを叩く人でもある。


その音楽は、弘田三枝子の「ビー・マイ・ベイビー」だった。



ドラムのダイナミックなフィルが印象的な、ロネッツの曲のカバー。



隣に住んでいたお兄さんが、TVでその、弘田三枝子の歌を聴いていて・・・


祖母にからかわれた。「子供の見るものじゃないよ」と。


カレは、恥ずかしくなったのか・・・玄関の引き戸をがらっ、と開けて。


駆け出して。


畑の端に生えている大きな木に登った。


降りてこなかった。




からかった祖母が、謝りに来て。





・・・でも、カレは、降りて来なかった。



そんなことを、ふと、思い出した。




「あの人、今はどこにいるのだろう・・・・。」



理沙は、その、おとなりの木を遠くから見上げていた。



どんなお兄さんだったかおぼえてはいないけれど

ただ、その家も国鉄職員の家、だった。




「・・・・・・どっかで乗ってるのかな、機関車に」




そう、微笑みながら・・・・・運転席で前を見ていた。


ながーいボンネット。先端は見えない。



踏み切りが来る。



ベルの音が・・・・かん。かん、かん・・・・。と


響いては、一瞬で後ろに飛び去る。




天ヶ瀬



と書かれた停車駅表示が見えている。




やや、上り勾配の天ヶ瀬駅は、空中に浮いているように

見える。



遥か下に、河岸段丘、深い底に川があり

川沿いに温泉街がある。



その川を渡るような高架線。


高速道路も、隣の宙に浮いている。





クラッチを接続。

動力レバー、右。 ギアは3。


エンジンが少し、回転を得る。


エンジン・ブレーキ。



「天ヶ瀬、2番、停止!」



ぢゃーん・・・・。と、警報ベルが鳴る


きんこん、きんこん・・・・と、ATSチャイム。



赤い確認ボタンは、DE10 1205は左の上だ。


ちょっと席から伸び上がってボタンを押す。



速度、20。


観光列車だし、急ぎはしない。


ゆっくりゆっくり、上り勾配を利用して減速する。



「ホーム、安全よし!」


ボンネットが長いので、遠くから確認。

人影はない。



友里恵も、職業柄安全を注意して見ている。

観光バスでも、このあたりは同じである。



エンジンはアイドリング付近。


編成ブレーキを、ちょっと1ノッチ。



後ろから引かれる。


軽く解放、0ノッチ。


停止位置、よし!



常用最大位置に、機関車単弁を止める。



「天ヶ瀬、 早着・・・・10秒。」


まだ、すこし早い。



愛紗は、トロッコ客車のドアのところに行き

かわいいドア・ラッチを車掌・洋子が開いてくれるのを待って。


それからホームに下りた。


ビールとお菓子は持って居ない(^^)。



機関車のところへ、とことこ。



1号車が客車だったので、そこから降りれば良かった(^^;と

愛紗は思った。


トロッコから降りなくても、途中下車ではないので。



機関車の後ろに行くと、友里恵が機関室ドアから降りてきて

デッキに立ち「ここから乗って?」と

梯子型のステップを指した。



愛紗は、そのステップに足を掛けて。


「よいしょ」と。デッキに上がる。



エンジンの熱と、アイドリングでも轟音を発している

61L、V12シリンダーエンジンの迫力に圧倒された。


観光バスでも13L、V12くらいだから

全然違う。



ランボードを歩いて、機関室ドアから


理沙の隣に「おじゃましまーす」と、にっこり。


理沙もにっこり。機関車単弁に右手を掛けている。


パイプを、ひょい、と曲げたような簡素なブレーキハンドルに

黒い持ち手がついていて。


なんとなく、旋盤のようだと愛紗は思う。


工作機械のような内装は、電車や気動車とは感じが違い


機械。


そういう感じである。


どことなく、油の匂いがするところも・・・・。









企画列車なので、ほとんど貸切のような運行の

この9001列車。


天ヶ瀬からの乗客は無いのだが

単線なので、行き違い停車である。



日田方面から・・・特急「ゆふ」が

赤い車体、ゆらゆら。

乗客が、トロッコ列車を珍しそうに眺めて・・・車窓を過ぎる。


排気ブレーキの音が、しゅー・・・・・。


機械式・ディスクブレーキが軋む。 き・ききき・・・・・・。


ディーゼルカーの方が、機械ブレーキはよく効くようだ。









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