第333話 いたずり

友里絵は、トレイに並んでいる

きゅうりのお新香を見て・・・


「あ、きゅうりの千ずりー」



そこに居たボーイさんたち。一瞬固まる。



あっはっはっはーーー(^^)。と、大爆笑。


友里絵は「アレ?ちがったっけ。じゃ・・・


「きゅうりの万ずりだっけ」



更に大うけ。


わっはっはっはーーー(^^)。



友里絵は「あれ、なんだっけ」


ボーイのひとりが「これ、漬物だってば、でも、言ってるのは板ずりだろ」



友里絵は「あ、そっか」  なんか間違ってたかな?




フロントさんは、フロアに転がって笑っていた。






その頃・・・・大岡山駅。


深町は、ひとり、休日なのだけど

東京大学の研究室に行こうかと思って。

パーキングに車を止めて、駅前ロータリーを歩いていた。


午前5時45分。


早朝便のバスが、待機しているのが見えた。



その、待機線の一台のバスが「回送」のままで。


ダイヤだと、そろそろ出発線に行く筈・・・と、

不審に思い、彼はそのバス、4051号に近づいた。



すると・・・・。

最後尾シートで。かつての指令、坂江が

苦しそうにしていた。


深町は、ドアスイッチを開けて。「坂江さん、どうしたのですか?」



坂江は、丸坊主刈の頭、鋭い眼光の人物だが

深町には優しかった。



「おお・・・たまちゃんか・・・・腹が痛い。動けない。交替を呼んでくれ」



深町は運転席に行って「本社、本社、こちら671」



指令は細川だった「あれ?タマちゃんか?坂江さんは?」


声で解るのはさすが。



深町は「急病のようです。運転できそうもないです。代行をお願いします」



細川は「困ったな・・・・代行と行っても、今から出してたら大幅に遅延だ・・・。

タマちゃんさー、ちょっと携帯掛けて」と。



深町は、なんか無線だと都合悪いのかなと、いやな予感(笑)。



運転課の番号は、いまでも携帯にメモリしてあるので・・・掛けると。


細川が「どうせ、その時間誰も乗らないから。乗ってよ」



と、軽快な細川(笑)。


確かに、早朝のこの時間、市民病院に行く人はまあ、居ない。



と言うか、この便は市役所の要請で走らせているだけのもので。

そう、補助金ダイヤである。



だから、走ればいいが

遅延や欠便はまずい。



深町は「わかりました」と・・・・


カタチだけ。

坂江の上着を羽織って、帽子を被る。


どうせ見えないだろう。(^^)。




ドアを閉じ、エンジンを掛けた。



車トメのスコッチを外し・・・1番線に待機。



深町は思い出す。


「・・・そういえば、愛紗ちゃんに初めて会ったのも、ここだった」




0600.定時。



ドアを閉じる。



方向幕、7611。


と、テンキーで入力。

マイクで、「市民病院ゆき、発車します」。



右手のドア・スイッチを前に倒す。




ツー・・・と、電子ブザが鳴って。

いすゞエルガミオの中扉は閉じる。



ギアを2に。


エアー・シフトなので軽い。



「前方よし、車内よし、右よし・・・出発」と、指差し確認。


クラッチをゆっくりつなぐ。


600rpm。


すう、と


リニアモータのように走りだす。


全身に感じる、トルク。



しばらくぶりの感覚。いいなぁ。



ふわ、と掴まれて前に引っ張られるような感覚。

駅前ロータリーを、左に回り


駅前の右折車線に入る。



前端の右が、ややオーバーするくらいに回り

後端をはみ出さないように纏める。


坂江は、寝転がりながら「上手いなぁ、相変わらず」と・・・・。

坂江自身、深町を指令にしようと思っていたのだ。





駅前信号、青。



「信号よし、前方よし、対向車なし。前アンダーよし」


アンダーミラーを確認する。


見落とすと、たまに人がいる。



ゆっくり加速し、シフトを3に。



右に静かにステアして。


すーっ、と・・・・大回りさせる。


後輪が、センターラインの20cm程度右。




上手く行った。




駅前信号機を曲がると、少し加速する・・・・3速、4速・・・。


鉄道のガードをくぐる信号を右折する。



手前に、横断歩道があるが

早朝では、歩く人はほとんどいない。


右手の、黒いスイッチを押して

案内放送を流す。


♪ぴんぽん♪



ーーご乗車ありがとうございます、このバスは761系統、市民病院行きです。

次は、北口1丁目です。

お降りの方はブザーでお願い致しますーーー。と。




聞きなれた、しかし懐かしい録音アナウンスを深町は聞く。


「なんか、なつかしいなぁーーー。」と、感慨に耽る。


シートを伝わる、エンジンの振動。


ふんわりした乗り心地。


大きな機械に乗っている、独特の快感。



全てが、バスだ。





そのまま、誰も乗らずに市民病院まで着いたので、ドアを開ける。

0620.定時だ。



ドアを閉じる。

行き先表示を、テンキーで「9」と打ち込む。


回送


と、表示が変わる。



ぴー、と

運賃表示機が回送になる。



パネル・スイッチを切った。




そのまま、病院を出る。


「前方、よし、前アンダーよし、右よし」



車内は誰も居ないので、省略・・・。





市民病院から、大岡山営業所に着くいすゞ・エルガミオ。



「格納はどうします?」と、無線で聞くと、細川が


「いいよー前で」



前と言うのは、営業所の前と言う意味。



朝早いけれど、空きがあるのだろう。



ゆっくり、ゆっくり。



川沿いのスペースに止め、エア・パーキングブレーキを掛けた。



ぷしゅー。




深町は、帽子と上着を取って「坂江さん?」と、振りかえると


坂江は、起き上がって笑顔。



「ああ、よかった」と、深町は笑った。





細川が、笑顔で「やー、たまちゃーん。ありがと」



野田が出てきて「アルコールチェック・・は出来ないか。従業員じゃないもんな」



深町も笑顔で「始末書・・・なんていう岩市はもういないし」と、笑った。







事務所に入って「帰着点呼、お願いしまーす。」と、ふざける深町。



細川はハハハ、と笑って。「いやー、悪かったねぇ。いつでも戻れるね。」


野田は「オマエは戻ってくるな」と、笑顔。



深町は「ところで・・・あの、日生くんは、どうしています?」



野田は「ああ・・・たぶん、田舎へ帰るんだろう」



深町は「そうですか。転勤なら問題ないですね」



細川は「なんで気にするの?さては、たまちゃんー好きだとか」



深町は笑って「そんなトシじゃないですよ」



野田は「そうだよな。どっちかって言うと、日生の方が気にしてたし」



細川「そーだよねー。ここじゃ一番もててたし」



野田は「そりゃー東大だもんな」と、からかう。


深町「東大じゃないですよ」


細川「名刺みせてよ」


深町は「名刺はないですけど・・・」と。

東大の職員証と、気象庁のIDカードを見せた。



野田は「へぇ」と、しげしげと眺めていて「帰ってくるなよ」と、にっこり。


深町は「でも・・・なんとなく飽きてきたんで。バスに戻ろうか、なんて思う事もあります」


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