第70話 想い

「どしたの?」と、友里絵が心配そうに。


オトメちっくロマンではないと、表情で気づいて。



「ううん、なんでもないの。ちょっと。鉄道の制服を見てたらね。

わたしが、バスを運転してひとりだちした、そういう夢を見たの。」


と、愛紗。



「ひとりだちかぁ。ふつうは一ヶ月くらい掛かるけど。タマちゃんは

2週間掛からなかったんだってね。」と。友里絵。




「うん。その話は聞いた」と、愛紗。「わたしはとても・・・あの大岡山じゃ

無理だって思った。」



「でもさぁ、誰だって最初は怖いって。タマちゃんもそう言ってたよ。」と、由香。



「そう。それでかな、空想したの。なれっこないから。」と、愛紗。




友里絵は「でも、無理しなくていいってタマちゃんも言ってたし。

あたしたちは21歳だもん。タマちゃんはさーぁ、なんて言ったって

あの時43でしょ?」と。



「そりゃそーだよ、愛紗だってっさ、43になったらさ。」と、由香。


「おばさんね」と。愛紗。



「あたしらはババアだな」と、由香。



「一緒にスンナ!」と、友里絵。


その時、道路沿いを走っていた軽自動車、スバルR-2の親子が

窓を開けて。列車に手を振っていた。


友里絵も窓を開けて「おーい!」と、手を振って。



愛紗も微笑む。


由香も一緒に手を振って。




列車は高台、道路は川沿い。


同じように川に沿っている。時々、列車はトンネルに入って。



出てきたら、さっきのスバルR-2の親子が、また、手を振っていて。


友里絵も楽しそうに手を振る「どこいくのー。」



客車列車なので、レールの継ぎ目を乗り越える音がよく響く。


かたかたん、かたかたん・・・。



ゆっくり、ゆっくり。



道路を走っている車とそんなに変わらない。



窓を開けると、ディーゼル機関車の排気の匂いがする。



その匂いで、愛紗は、なんとなくバスを連想していたりした。



研修で乗った観光バスは、とても大きかったけど

そんなに怖いとは思わなかった。



リゾート地にある研修所なので、ヘンなクルマや人が居ない。


そのおかげだった。






列車は、川沿いの鬼瀬駅に止まる。



乗降する人はいないようだった。



それで、すぐに出発する。



客車列車なので、ちゃんと車掌が乗務している。




笛を吹いているのが遠く、後ろの車両から聞こえて。

ドアが閉じられる。





ピー、と

甲高いディーゼル機関車の笛の音。



前の方から、がちゃり、と引かれていく。




「なんか、のどかでいいね。」と、友里絵。



「うん」と由香。



愛紗はと言うと、ずっとこういう列車に乗っていたので

帰ってきたと言う気持だったり。



家には帰れないけど。




ゆっくり走っているように感じるけれど、結構早いらしく

さっきのスバルR-2に、また、追いついて、追い越した。




天神山駅は、裏が崖で

滝が流れているけれど

緑深いので、よくみないと判らない。



友里絵は目がいい。「あ!滝だ。すごいなぁ」と。


由香は「どこどこ?あー、あれかぁ」


白糸のように細い流れが、頭上から流れ落ちている。



愛紗は良く見て知っているので、にこにこしながら見ている。





崖の反対側は道路、と行っても細い道で

それも、少しの平地。


その下は、また崖で

栗の木が何本か生えていて。


「秋になるとね、あの木に栗がなるの」と、愛紗。


友里絵は「わー。栗ひろいしたいねー。」


由香も「うん、秋にまた来ようか」



愛紗は、まあ、栗は一杯なるので

拾わなくても100円で袋一杯だから


拾った記憶はない。




でも、拾うのも楽しいかな、なんて

友里絵を見ていると思う。




列車はごとごと、ゆっくり下る。



「いいねー、列車の旅って。」と、友里絵。



窓を開けていると、かたかたん、かたかたん、と


レールの響きが軽快だ。



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