第35話 【密偵】

 グランフォリア王国 ラザリーの執務室――


「……いまだ何も出てこず、か。引き続き密偵を続けてくれ。小さな違和感でもいい、何かあればすぐに報告を頼む」

 俺は対面して座する文官風の密偵に向かい、そう話した。


 そして密偵は、

「はっ!」

 一言、そう言うと立ち上がって深々と礼をし、部屋から立ち去った。


 ヒュージから姫殿下監禁の報を受けた直後から、

 俺は王城内で密かに情報を集めている。


 騎士団に文官、怪しそうな者や場所には信頼のおける密偵を送り、徹底的に調べ上げたが成果は得られず。


 ヒュージと別れてから大分経つ。そろそろ情報を掴まないと、合流に間に合わなくなってしまう……。


 あと調べていないのはリカルド国王の私室と、執務室……そして、ローザンヌの私室のみか。


 それらは高級文官しか立ち入れない、王城の最奥に位置している。

 俺に残された最後の可能性であるが、高級文官の密偵などいるわけもなく。


 ――俺が行くしかない……か。上手く密偵をこなす自信などないが、もはや危険を冒すしか手があるまい。


 ならばまずは、ローザンヌの私室から調べてみるか。


 リカルド国王のブレインは間違いなくローザンヌだ。

 今回の姫殿下の件も何かしら関与している可能性も充分にある。


 それに――

「あの男が何者なのか……それを知っておく必要がある」


 そして俺は早速、ローザンヌの私室へと向かった。

 まずは応接間を兼ねた執務室から調べていく。


 執務机に、壁一面の書棚。

 一人で調べるには骨が折れそうだな――。


 だが、時間の心配がないことが唯一の救いだろう。


 それは最近、ローザンヌが私室に戻っていないからだ。


 ローザンヌはリカルド国王に付きっきりで、一日のほとんどをリカルド国王の私室で過ごしている。


 故に、ローザンヌの私室は基本的に無人であるのだ。


 そして、俺は執務机の引き出しを上から順に開けていく。


 しかし、そこにはグランフォリア王国の執政に関する書類ばかり……めぼしいものはなさそうだ。


「次は書棚にいくか」

 俺は誰に向かって言うでもなく、ボソッとそうつぶやく。


 書棚な本を一冊ずつ手に取り、中身を確認し書棚に戻す。

 地道だが唯一の手段。


 そして俺はこれを繰り返し……気付けば日も暮れ始めていた。

「――まだ半分もいかない、か」


 朝から始めた調査だが、膨大な量の本が眠る書棚を調べ終えるには、圧倒的に時間が足らなかった。


 ……誰もいないはずの部屋で明かりを灯すわけにもいかない。仕方がないが、今日はここまで……か。


 そう思い、廊下へと通じる扉に手を掛ける。


 瞬間、カツンカツンと廊下を靴が叩く音が響いた。


 ――ここは高級文官しか立ち入れないはず。

 …………まさか!?


 俺はとっさに扉で隔たれた隣接しる寝室に身を隠した。

 直後、廊下へと通じる扉の開く音がする。


 執務室に通じる寝室の扉を少し開け、執務室の様子をうかかがう。


 するとそこには、小さな荷物を手にしたローザンヌの姿が。

 そしてローザンヌは執務机に座り、荷物を開いた。


 荷物からは小さな魔導具のようなものが。

 ローザンヌは四角い箱型のそれを机に立てると、

「計画は順調で、準備も完了。計画は予定通り実行いたします。そして、それに合わせてラザリーを。あいつは追放するつもりでいましたが、消した方が混乱が大きいという判断です」

 魔導具に向かって、唐突に話し始めた。


 すると、魔導具から返答がある。

『よろしい。しかし、姫と国の要職が一気に失われたとあらば、グランフォリア王国は相当に混乱するであろうな』

 それは若い男性の声のように思えた。


 そしてローザンヌはこう答えた。

「国王は既に落ちました。あとはあの二人を消せば、この国は我らが国の傀儡となりましょう。そしてまずはミクロン公国を……」


 これは……どこか遠方と会話をしていたのか?

 だが、遠方との連絡には大型の魔導具が必要なはず。

 少なくとも、いまのグランフォリア王国にはあんな小型の魔導具で連絡を取り合う技術はない。


 それに――どういうことだ? 

 俺を消す? 我らが国の傀儡?


 なにがどうなっているのかさっぱりわからない。

 だが、この会話が姫殿下の監禁に繋がっていることは明白。


 俺はその会話を一言たりとも聞き逃さぬよう、扉に耳を当て聞き耳を立てる。


 しかし、その瞬間、ギィイ……扉がわずかに動き小さな物音が生じてしまった。


 しまった――!


 そしてその音はローザンヌの耳にも届く。


「――どなたですか!」

 ローザンヌはそう言うと、護身用のナイフを手にし、寝室の扉へと向かっておもむろに歩き始めた。


 ☆


 一方その頃、リカルド国王の私室では――


 われは……だれだ?

 …………われ……は?


 …………。


 そうだ……われはりかるど……。

 だれよりも……すぐれた……おう。

 ひとの……うえに……たつべき……もの。


 …………ここは……どこ……だ?

 くらく……て……なにも……みえな……い。

 てがうごか……ない、あし……も。


 なぜ……われが……こんなめ……に。


 …………。


 そうだ……。


 ろーざんぬ……が、いっていた……。

 おまえ……は、どうぐ……だ……と。


 ひつよう……なときに……つかう……と。


 そんな……こと、われはのぞんで……いな……い。


 われはりかるど……。


 だれよりも……すぐれた……おう。

 ひとの……うえに……たつべき……もの。


 われの……げぼくたち……はやく……われを……たすけ……

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