第34話 【グラウスの火釜】

「この外套があっても熱いですね……」

 そう話すアンジュの顔からは、大粒の汗が流れ落ちた。


「ああ、外套を外すと即座に焼け死ぬから気をつけろ」


 ミズイガルム村から歩きで四日。『ヘミング峡谷』のさらにその先。

 俺たちは『グラウスの火釜』を訪れていた。


 溶岩がいたるところから噴出し、真っ赤な世界をつくりだす。

 火山の中に出来た広い洞窟のような迷宮ダンジョンには、灼熱の熱気が充満していた。


「ベスカちゃんは涼しい顔をしていますね」

 アンジュは白竜を覗き込むそう言った。


 俺たちは村長から譲り受けたツンドララビットの毛皮を利用し、耐熱装備『氷河の外套』を作成。俺たちはそれで何とか熱気を防いでいるのだが……アンジュの言うとおり、白竜にはこの熱気も余裕のようだ。


「竜は火山を巣にしていたと聞く。熱さには元から強いのだろう。と言うか、ベスカちゃんってなんだ? いつの間に名前なんて」


「はい! たったいま名付けました! だっていつまで経っても『白竜』じゃ可哀想じゃないですか」


「キュゥー」

 白竜もまんざらでもない表情をしているようにみえる。


「そうか――それもそうだな。ベスカ、か。改めてよろしく頼む」


 するとベスカは、

「キュイー!」

 ご機嫌そうに返事をした。


 竜はとても賢い種で、人の言葉はもちろん、言語を持たないはずの魔物モンスターとも意思を交わせると聞くが……これは想像以上だな――。


 ベスカは生まれたばかりにもかかわらず俺たちの会話を理解しているようだ。


 そして俺たちはミノタウロスを探して、迷宮ダンジョンの奥、迷宮ダンジョンの最深部へと足を進める。


 ――やはりおかしいな。


 最深部は火山の奥底にあり、足を進めるごとに熱気が増していく。


 それに伴い、魔物モンスターの数も減少していくが……ここまで魔物モンスターと一切出会っていない・・・・・・・


 迷宮ダンジョンの入り口近傍きんぼうには、オークや小型の恐竜型魔物モンスターのラプターがごろついているのだが……。


 そんなことを考えていると、

「そういえば、村長は村と同じお名前に改名したのですね」

 アンジュが突拍子もない話を始める。


「いや、逆だ。首長の名前が村や街の名前になる。この国ではそれが通例のはずだが……アンジュのいた村では違っていたのか?」


「えっ、あっ…………」

 アンジュは俺の答えを受け、固まってしまう。


「どうした?」


「そ、そうなんです! 私の村では村名が固定されていたので、なんだか不思議だなって」


 なるほど、アンジュが村長の名前を聞いて不思議そうな顔をしていたのはこれが原因か。


 だが俺の知る限り、通例の例外はなかったはずだが……もしかするとアンジュは……。


 するとその時、唸るようなうめき声が 迷宮ダンジョンの奥から聞こえてきた。

 それは空気を震わせるような低く、おどろおどろしい声。


「――!!」

 俺はとっさにアンジュの顔をみる。


 だがアンジュは首を振った。

 どうやらアンジュの【魔力探知ディテクター】の範囲外からの声のようだ。


 まだ距離はあるようだが……ここまで届くほどの大声量。

 それは、声の主が大型の魔物モンスターであることを示していた。


 もしかすると――。

「いくぞ。何か反応があればすぐに教えてくれ。ベスカも振り落とされないようにな」


「はい!」


「キュゥイー!」


 そして俺たちは迷宮ダンジョンの奥へと向かって駆け出した。


 しばらく走り続けると、迷宮ダンジョンの地面や壁が何者かによって傷付けられた形跡が現れた。


 それは巨大で鋭いもので抉られたような跡で、三本の跡が平行して並んでいる。


 これは……爪か何かの跡……か?


 するとその時、

「先生! 右から一体、すごい速さで近付いてきます!」


 俺たちの右側には溶岩の海が広がっていた。

 溶岩に潜っているのか、その姿は目視出来ない。


 だが、アンジュの言葉を信じ、

「ベスカ、少し離れていろ」

 俺はベスカに指示を送る。


 するとベスカは、

「キュイ!!」

 そう鳴くと、自らの翼をはばたかせて宙に浮かび、俺の後ろへと控えた。


 そして俺は、溶岩の海に向けて短剣を構える。


 直後、

「…………きます!」

 アンジュは大きく声をあげた。


 アンジュのその声と共に、

「グルルゥウッ!!」

 魔物モンスターがうめき声をあげながら、溶岩から飛び出てくる。


 赤い身体に、大きな後ろ足による二足歩行。

 口元と前足には鋭い牙と爪。


「イフリアムラプターか」

 小型で敏捷びんしょう性が非常に高い、Bランクの魔物モンスター


 こいつは火や熱気には相当な耐性がある。それは『グラウスの火釜』を自由に闊歩かっぽ出来るほどに。

 だが……溶岩の海を泳ぐなんてことは聞いたことがない。


 それに、イフリムラプターの顔はどこか怯えたような、そんな表情にも感じられた。

 まるで、何かから必死に逃げている……そんな表情に――。


 いや、それよりも今はこいつの処理が先決か。


 俺はすぐさま頭を切り替えて、アンジュに指示を送った。

「アンジュは【氷結魔法ソルダーアイス】で支援を!」


 こうして『グラウスの火釜』での初めての戦闘が開始された。

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