第31話 【小兵の化け物】
村長はおもむろに立ち上がると、壁に掛けられていた戦斧を手にとった。
それは村長の背丈ほどの大きさで、小柄な村長には似つかわしくない大きな獲物。
「ふぃー、久々に持つとちと重いのう」
村長はそう言いながらも、片手で戦斧を肩にかけた。
そして、俺をじっとみつめてこう言った。
「なにをぼけっと座っておる。毛皮が欲しいのだろう? ならば早う準備せい」
本来、対人の模擬戦は木剣などで行われるのが通常だが……村長の持つ戦斧はそれとは明らかに異なる。
重々しく、そして鈍く輝く戦斧からは、歴戦の風格すら感じられる。
場には、村長と戦斧から発せられる異様な雰囲気が立ち込めた。
この村長……『腕の立つ冒険者』どころではない。
おそらくは――。
そして俺が立ち上がろうとした瞬間、
「せ、先生っ!」
アンジュも場の異質さを感じとったのか、俺を静止しようとする。
だが、村長の言葉はおそらく本気だろう。
ツンドララビットの毛皮を手に入れるにはやるしかない。
それにアンジュは言っていた。
冒険者は『困難に立ち向かい未来を切り拓く、勇気ある者』のことだと。
――この程度のことで退いていては、ナタリー姫を助けるどころではない。
俺は覚悟を決め、立ち上がる。
「大丈夫だ。俺は負けない――」
そしてアンジュにそう告げると、村長と対峙した。
「すまないな、待たせた」
「腰が抜けてしまったのかと心配したわい」
村長は俺をおちょくるようにそう言い捨てた。
とは言え、対人戦など久方ぶり。
父との訓練以来か――。
……そう言えば父は対人戦にも強かったな。
当時の騎士団長と、よく勝負をしていたらしいが……勝敗はいつも五分五分。近接職なのに魔法も使える厄介なやつだとぼやいていたな。
俺はそんなことを思い出しながら、
「アンジュは少し離れていろ」
アンジュにそう言い、短剣を構える。
「では始めるとするかのう――っ!!」
村長はその言葉と共に俺へと向かって駆け出す。
村長は一歩の踏み出しで、俺の眼前へと迫った。
俺と村長は一〇歩以上の距離を空けて対峙していたはず――。
あの大きな戦斧を持っているにも関わらず、おそろしく速い。
だが――!
村長が戦斧を振りかぶる隙に、俺は一歩バックステップ。
戦斧のリーチ外へと回避。
直後、村長の戦斧が振り下ろされる。
俺の眼前を目にも止まらぬ速さの戦斧がかすめていった。
しかし、村長の攻撃はこれで終わりではなかった。
村長の振り下ろした戦斧の軌跡から、空気の淀みが発生。
それはたちまち烈風となり、空気を断ち切りさくような鋭い音を立てながら、俺の身体を襲う。
「――ッ!!」
すんでのところで横っ飛びして回避。
烈風は戦斧の軌跡をなぞる様に吹き荒れ、軌跡の直線上にある壁と天井を切り裂いた。
「おー、よくかわしたのう。たいしたもんじゃ」
村長はそう言いながら、どす黒く笑う。
「…………」
対して、俺は口を固く閉ざした。
そして村長と再び距離を取る。
戦闘中は相手との会話を極力避けるのが、俺の中での鉄則。
下手に会話をして、相手のペースに呑み込まれるのは危険だからだ。
しかし、あの烈風……ユニークスキルか? それとも魔法?
……いや、どちらも発動した気配は感じなかった。
となると、戦斧を振るっただけであの烈風を生み出したというのか?
すると、俺の考えを察したのか村長が再び口を開く。
「目にも止まらぬ速さで空気を切り裂き、烈風を巻き起こす。ワシが編み出した独自の技じゃよ。名を【烈斧】と言う」
【烈斧】か……単純な技だが、だからこそ厄介だ。
もし、あれを連続で放てるのならば俺は村長に近付くことすらままならない。
これは出し惜しみをしている場合ではないな――。
「今度はこちらから行くぞ」
俺はそう言うと、村長に向かって駆け出す。
そしてすかさず、【
村長には、俺が突然消えたように映り、近付く足音すら聞こえぬはずだ。
だが、村長は慌てるどころか、その顔にはかすかに笑みを浮かべている。
おかしい――。
目の前で相手の姿が消失したにも関わらず笑った……だと?
そんなことがあれば、普通は慌てるはずだ……。
だが、もし俺の【
気配を消す相手と対峙したことがあるとしたら?
そうであったとしたら…………まずい――!
俺がそう気付いた瞬間、
「【
既に村長は魔法を半詠唱していた。
村長は戦斧を天に
そして、戦斧の先端に大きな魔法陣が複数展開。
直後、村長の周囲に荒れ狂う風が吹き荒み始めた。
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