第5話 【アンジュの実力】
「いまだに信じがたいけど、これは認めるしかなさそうだにゃ……。だけど冒険者登録前の討伐は討伐記録に残らないので、そこは勘弁してほしいにゃ」
ブラックウルフの素材も鑑定機によって本物であると確認され、ミーアも半信半疑ながらも俺がブラックウルフを討伐したことを認めた。
しかし討伐時の俺は冒険者ではなく、ギルドカードを未所持だったため俺の討伐記録には加算されないようだ。
まあそれは大きな問題ではないから別に構わないが。
そしてミーアはこうも続けて、
「それで、ヒュージさんの質問への答えだけどにゃ……『まどわしの森』でBランクの
「ああ、よろしく頼んだ」
さすがは冒険者ギルドだ。冒険者に害となる可能性のあるものへの対応は早い。
――俺の出番はここまでだな。あとは冒険者ギルドに任せておこう。
ミーアはブラックウルフの素材と魔石を手に取り、
「情報提供感謝するにゃ! それでこの素材たちはどうするにゃ? 買い取るかにゃ?」
そう尋ねた。
「いくらになりそうだ?」
大した金額にならないのはわかってはいるが、念のため確認。
俺は冒険者ではなかったから、素材が市場で出回る市況価格しか知らない。
と言っても、安いことはわかっているのだが……元値がどのくらいなのか知っておきたかった。
今後、冒険者として生活を立てていく上で大事な指標となるからだ。
ミーアは手元の資料をめくりながら、
「うーん、ちょっと待つにゃ……魔石と合わせて銀貨一枚だにゃ」
銅貨・銀貨・金貨・白金貨……とあるが、銅貨一〇枚で銀貨一枚。同様に銀貨一〇枚で金貨一枚といった具合に、一〇枚毎に上位硬貨と等価値になる。
Bランクの魔石がどの程度の市況価格になるか不明瞭だが、Cランクの魔石に少し上乗せしたとしても、素材と魔石を合わせた市況価格はおそらく銀貨二枚がいいところだろう。
それで考えるとおおよそ市況価格の半値が冒険者ギルドへの売却額となる。
――まあ、こんなものか。
おおよその相場観がつかめた俺は、
「そうか。それなら他で使うとする。すまないな」
「大丈夫だにゃ、また何かあったらよろしく頼むにゃ!」
他で使った方が有益だと判断。売却を取りやめ受付を離れた。
そしてアンジュの姿を探して冒険者ギルド内を
するとアンジュはクエストボードに張り付けられたクエスト依頼書をまじまじと眺めていた。
クエストボード付近で待機していたアンジュに声をかける。
「待たせたな。それでアンジュは何をしているんだ?」
アンジュは何かを考えるように顎に左手をやりながら、
「いやー、何か良いクエストがないかと思いましてっ!」
「アンジュにクエストはまだ早い。それに昨日はあんなにもビビっていただろう?」
「だって先生がいれば怖いものなしですもん!」
「俺を過信しすぎるな。それに何をするにしても、まずはアンジュの実力を確認してからだ」
「ぶー」
ぶうたれるアンジュをよそに、俺は冒険者ギルドを後にした。
☆
アンジュの実力を確認するために、早速『まどわしの森』へ。
ホワイトラビットが多数出現する、いわゆる『狩場』。
まずはアンジュの実力を把握する。それと同時にアンジュとのパーティーのイメージをしなくてはならない。
俺は基本一人で行動してきた。パーティーでの動きは慣れていないからな。
「さあ、やってみろ」
俺の影に隠れるように身を潜めるアンジュ。
「は、ははははい!!」
いざ
アンジュはガチガチに固まり、小刻みに震えている。
移動中はそうでもなかったから、慣れの問題だろうか?
いや、おそらくは――。
アンジュの手は冒険者としては綺麗な手だ。
その手からは今まで野生動物の狩りや野営の類の経験がないことが見て取れる。
冒険者を志すものは多かれ少なかれ、それらの経験がある。
もちろん俺も、幼いころから父親にみっちりと仕込まれた。
だからこそ初めて
しかしアンジュにはそれがない。
それはきっと相当な恐怖であろう。訓練をすることもなく、命のやり取りをする戦場に立たされているのだから。
それでもアンジュは冒険者を志した。
どんな理由があったのかはわからないが、アンジュにもそれなりの理由があるのだとわかる。
――だけど、これを乗り切れないようでは……。
そんなことを思いながら、
「今度はオーバーキルしないようにな」
俺はアンジュに助言した。
しかし、その言葉はアンジュには届いていなかった。
アンジュはホワイトラビットを見つめ、「ふーっ」と一息。
するとアンジュの身体の震えも止まった。
――やればできるんじゃないか。
そして、
「灯せ灯せ。全てを払う火炎のごとく」
アンジュはホワイトラビットへと小型の杖を向け、
「【
杖の先端に小さな魔法陣が出現。
そして魔法陣から火炎球が放たれた。
火炎球はホワイトラビットを直撃。
ホワイトラビットを包み込むように火炎が広がった。
突然の灼熱に戸惑うように暴れるホワイトラビット。
襲撃を受けたことをすぐさま理解し、火炎を消そうと地面に自らの身体を叩きつける。
バンッ! バンッ! ゴロゴロッ――!
それを何度か繰り返し、ホワイトラビットは身にまとっていた火炎を振り払った。
そしてアンジュを睨みつけるように立ち上がる。
しかし、確実にダメージは入っている。
ホワイトラビットの脚は力なく震えていた。
アンジュは間髪入れずに、
「【
既に二発目の準備を整えていたのだ。
ホワイトラビットは再び火炎に包まれる。
もう一度火炎を消そうと身体を地面に叩きつけるも、その動きは徐々に弱々しくなっていった。
そしてついには力なく地面に倒れ込んだ。
その光景を最後まで見届けたアンジュは、
「や、やった!!」
両手をグーにしながら歓喜した。
――今度はしっかりと獲物の状態が見えていたようだな。
そしてアンジュの【
威力もそこそこ。Eランク冒険者としては申し分ない。
「ホワイトラビットの弱点が『火』属性だと知っていて【
「はいっ! 魔法の知識だけは幼いことから仕込まれていたので」
アンジュは胸を張りながらそう答える。
ホワイトラビットの属性は『風』。そして弱点は『火』
――さすがに属性の概念は知っているようだな。
その四つの属性には基本となる攻撃魔法があり、それに加えてそれぞれの属性に応じた支援魔法もある。
火属性ならば攻撃力強化魔法や攻撃力低下魔法、風属性ならば素早さ強化魔法や素早さ低下魔法といった具合だ。
魔法はその威力や効果に応じて、初級・中級・上級・超級・伝承級・神話級の六段階に分けられており、上位にいけばいくほど威力や効果が高くなるが、その分習得難易度も高くなる。
だけど魔導士というのは普通、一つの属性を集中的に覚えていくものだと聞く。
個人個人で属性に得意・不得意があり、全ての属性を習得するには中級魔法を一つ覚えるよりも遥かに困難であるからだ。
アンジュは火属性が使えるのは確定として……
「それでどの属性の魔法が使えるんだ?」
期待としては三属性。最低でも二属性は使えてほしいところ。
単属性しか扱えない場合には、どうしても不利属性で戦わざるを得ない時が出てくる。
なるべくならそれは避けたいところだ。
しかし、アンジュの答えは俺の予想を良い意味で裏切った。
「ええと、いちおう四属性を一通りは……」
四属性を一通り――か。
それが本当であればなかなかの才能を持っているやもしれない。
ならば次はあれを試してみるか――。
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