第273話 trial

電車の車庫って、独特の匂いがあって。


それは、鉄の匂いだったり、油の匂いだったり。



大きな機械が、動いている。


生き物のように、ごはんを食べて、

寝て、起きて。


車庫って、電車のお家なんだろうか、と

めぐは、そんなふうにも思ったり。



レールの間が、枕木と、砂利があって

黒く、油が染みているのは

あちこちを治した時に

油が落ちたのだろうか。



それぞれの電車の、生き様が

レールの間に染みている、そんなふうにも思えたり。



ちょっと薄暗い車庫は

屋上が緑地公園になっていて


幼稚園のこどもたちが


喜んで駆け回れる、そんな場所になっているのと

好対照、明暗、そんな感じだけれども

社会を足元でささえる都市交通、


そんな、交通局のポスターみたいな(笑)


そういう構図のようだと

めぐは、思う。




その運転を、どうしてリサや

おじいちゃんは使命感を持って

していたのだろう?




たぶん、それは、生き物としての

群れを守ろうとする本質。



群れ、則ち社会である。


生物社会学、と言う

京都大学で興ったジャンルでは

家族、群れの最小単位を持つ生き物が人間であると定義している。


家族を愛するから、社会を愛する。




それは、正しい事。




ーーーもちろん、めぐがそんな事を思ってる訳でもない(笑)。







しばらく、車庫で電車を見ていると



事務所の方から

、リサは



緑色の整備服を着て。



電車のハンドルを持ち。



昨日の、古い電車に


乗り込む。




ビューゲルを、すっ、と持ち上げて

電車は目覚める。



空気圧縮機の音がして。



電車は、眠っていた猫が伸びをするように

走る準備をしている。





運転席では、リサが

機械の点検をしている。




指をさしたり、スイッチを動かしたり。




そのうちに、老練の教官が厳めしい顔で

電車に乗った。




お願いします、とでも

言っているのか、リサが

教官にご挨拶。





教官は、意外ににこやかに挨拶を返した。


顔は怖いみたいだけど、案外優しいおじいちゃんらしい(笑)。





そんな事もあるものだ。




リサは、昨日のブレーキ訓練の

続き。

まっすぐ、走り出して目標の、模擬信号、


木でできた腕木信号のところで停める。






さあ。






リサは、意外にリラックスしている。




ほんとうに、おじいちゃんがついているような。



そんな気持ちなのだろうか。







ブレーキを解放し、

電力を静かに増やす。


マスターを捻る。



古い電車は、唸りを上げて

モーターをまわす。

ギアが唸る。



速度を確認し、電力を解放、ブレーキを回す。




リサの意識を、昨夜の夢が過ぎる。





おじいちゃんがついているもの。



その自信だけで、しっかりブレーキを回せる。



失敗などする訳もない。



ブレーキのハンドルから、空気が抜ける音がして。


電車は、重々しく減速をする。


その減速度を体で感じて、目標に届く前でブレーキを解放、惰性で停止し

ブレーキを車両が動かないように掛ける。






目標、停止!と


リサは、目標を指差した。





教官は、嬉しそう。



よしよし、と

リサの肩を叩いている。




「これで、試験、うまくいくね。」見ていた


めぐも

うれしくなった。





もう、大丈夫だね。



よかったね、リサ、と

めぐは、心でつぶやいた。

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