第138話  やさしい気持


やさしい気持



路面電車は、ちょっと混んでいて。

ながーい緑のモケット・ソファはいっぱい。


ルーフィと、めぐ、そしてクリスタさんは

電車の、すこし中ほどくらいまで進んで

そこで、立って過ごした。



ちょっと、なつかしいような木の窓枠とか、真鍮の窓ハンドル。


床は木、地のままで

油が塗りこまれていて、独特の匂いがある。


吊革がついている金属管も、真鍮の鈍い、金色の輝き。



運転手さんが、紐を引くと

天井についている真鍮のベルが、かんかん、と鳴った。



運転手さんは、白い手袋で指を差して。


ブレーキハンドルを回して、そしてマスター・コントローラ、

長い筒の上についている、銀のハンドルをゆっくりと動かす。



床下で、モータが唸り始めると

歯車の音がして


電車は、力強く動き始めた。



レールの継ぎ目を越えると、がたん、がたん、と重々しい音を立てて。



それら全てが、温かみのあるイメージに

めぐには思えた。




なつかしい、大きな・・・・山みたい。




電車に話しかけたら、答えてくれるかしら?なんて


ルーフィが、オートバイの魂、ソウル、ニルヴァーナに

話しかけたみたいに(笑)。



そんなことがあったら、楽しいけど。





クリスタさんは、例によって質量がない(笑)ので

ゆーらゆら、と軽く立っているけど


なんだか、お花が揺れているみたい。



軽くていいなぁ(笑)と、めぐは思ったりもする。







電車の、歯車の音が高くなっていくと

スピードも上がる。



そこで、運転手さんは

マスター・コントローラーを最初の位置に戻すと


計器板のメーターが、ひとつ、ふっ、と左に戻った。



「電流を切ったんだね」と、ルーフィはつぶやく。



「ギアは変わらないんですか?」と、めぐは

となりにいるルーフィの温もりが感じられる事に、夏なのに

嬉しい、と思った。



いつも一緒にいても、ちかくでぴったりくっついてる(笑)なんて

ないもの。



・・・・・やっぱり、おおきくて。おじいちゃんみたいにやさしくて。





ルーフィは、若い男の子や、あの、クリスタさんをデートに誘った青年とは

違ってて。


安心して、そばにずっといたいような、そんな雰囲気があった。





お兄ちゃんがいない、めぐにとって


まだ知らない、お兄ちゃんの感じ、かな?








そんなめぐの気持を、知ってか知らずか(笑)



ルーフィは「ギアは1対かなー。モーターって、力があるから。」と

武骨に。





ルーフィ自身も、かわいいめぐが寄り添ってくれると

愛おしい、と思ったり。


でも、どう扱っていいかルーフィも分からない(笑)。



自分の恋人の3年前とそっくりだけど、似て非なるめぐ(笑)。


妹、って割り切れればいいんだけど。




そんな感じ方だった。





お互いに、そんな感情には触れないように、機械の話に

集中していた(笑)。





「モーターって、力強いんですね。エンジンより?」と、めぐが言うと



「うん、回り始めに力があるんだね。それで、回転が多くなると

力は減ってくる。まあ、引っ張る力だから、磁石同士の。

どうしてもそうなるね。」と、ルーフィ。




「エンジンはそうじゃないんですか?」と、めぐ。




「うん、エンジンはほら、ガス爆発だから。たくさん回ると

同じ時間のうちにたくさん爆発するでしょ?」と、ルーフィは

優しい言葉を選んで。



電車は、次の停留所までモーターの音が聞こえずに。

ゆっくり、すこしづつ速度が落ちてゆく。


F=μmgと言う、摩擦・重力・質量の関係式に従って。

レールと車輪は鉄同士、ころ、なので、摩擦は僅かなものだ。


それなので、電車は静かに走り続けられる。次の停留所まで。



そんな風に、しあわせはずっと続くといいのだけど。


マイナスの等加速度運動、ゆったりとしたそれは

ほとんど、等速運動みたいに感じられるほど。


でも、つぎの停留所で停める為に、運転手さんは

マスター・コントローラを回し、そして戻すと

歯車がまた唸り、速度が落ちた。


計器盤の針がひとつ、右に触れた。




「どうなったんですか?」

めぐは、電車の揺れに任せて

ルーフィにくっついたり(笑)しながら。




ルーフィは、そんなめぐを支えてあげながら

「モーターを発電機にして、ブレーキのかわりをさせてるんだね。」と

努めて簡単に答えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る