第19話


彼女は、スマート・フォンから僕に視線を移し

「薗子は私の姉ですが....もう、ずっと、眠ったままなのです。」


辛い表情で、そう僕に告げた。


真剣な表情の時の彼女は、薗子そっくりの顔で。




「そんな....信じられない。だって、さっきまで、メールで...。」



「ええ、わたしも.....これは、信じられないわ。」

汀子、と名乗ったその子は、今、僕よりひとつ下の高校1年、薗子と同じ桜台高校に通っているのは

制服で分かる。


僕は連想した。さっき、桜台高校のインター・フォンの声は「2年生に、その学生はおりませんが.....。」と言っていた。


そうか。1年に、汀子さんが居る、けれど

女生徒の存在など知らせる訳には行かないから...

薗子の事は、学校の職員なら知っているに違いない。

...何か、学校の職員は知っているのかも知れない。

僕は、そう思った。





「あの.....姉に、逢っていって下さい。」

汀子は、淋しそうにそう言い、踵を返すと

国立病院の方へ戻った。



僕は、ただ、黙って付いていくだけだった。


桜台高校の制服、夏服のセーラー服は

涼しげな半袖、後ろからみるとカラーの端に☆のアクセントがある。


その☆のマークが、何か僕には道標のように思えた。



薄暗い国立病院は、蔦の絡まるような古色蒼然たる佇まい。

煉瓦作りのエントランスは、リノリウムが擦り減って

いかにも病院、と言う雰囲気だった。

真鍮のドア・オーナメント、ラワンの階段手摺り。


僕は、薗子と見紛うばかりの汀子に、ただ黙ったまま追随した。


2階に、階段で昇り、左に折れて。

低い天井、クレオソートの臭い.......。


部屋の扉上には、黒い板に白いペイントで部屋の用途が書かれている。


「看護婦詰所」「医師控室」「薬品庫」.....


表記の仕方がいかにも時代を彷彿とさせる。



そのひとつ「個人室」と書かれた扉の前で汀子は立ち止まり、扉を開く。

重厚そうなマホガニーの扉、真鍮のドア・ノブを開き

汀子は、どうぞ、と

僕に入室を促した。

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