最凶魔王は許さない! ~異世界転生列伝―勇者の掲げる旗の下、我がハーレムに結集せよ!~

湖南 恵

第一部 聖護院騎龍

第1話 由緒正しいお家柄

 僕の名前は聖護院しょうごいん騎龍きりゅう、都立の高校に通う十六歳の男子高校生だ。

 どこにでもいる平凡な高校二年生――変わっていると言えば、ちょっと名前がアレ・・なことくらいだろう。


 この苗字のおかげで、小学生低学年の頃には「麻呂」なんてあだ名で呼ばれ、随分からかわれた。

 僕は自分のみやびな苗字も、変にカッコいい名前も大嫌いだった。


      *       *


 あれは小学三年生の時である。

 学校でいじめられ、泣きながら帰ってきた僕は、夕食時を除いてずっと部屋に閉じこもっていた。

 親父のことをずっと待っていたのだ。


 夜の九時過ぎになって会社から帰ってきた彼は、どこかで飲んできたのか酒臭い息を吐いていた。

 僕は階下に降りていき、キッチンのテーブルで水を飲んでいた親父の正面の椅子に座った。

 そして単刀直入にこう尋ねたのだ。


「どうして僕はこんな変な名前なの?」


 声が詰まり、自分の意思とは関係なく、肩がぶるぶると震えていた。

 きっと泣きそうな顔をしていたんだと思う。

 親父は一瞬不思議そうな顔をしていたが、いつものように僕をからかおうとはしなかった。


 正直に言うと、その時僕はちょっぴり期待していたのだ。

 いつもくだらない駄洒落ばかり言っている親父が、珍しく真面目な顔になって僕の顔をまっすぐに見つめてくれたからだ。


「騎龍、お前もそんな年頃になったのか……。

 ああ、そうだな。もうそろそろ話してもいいのかもしれない……」

 そう言って彼は深い溜め息をついた。


『今でこそ庶民に身をやつしているが、実は我が聖護院家は平安時代から続く貴族の家柄――畏れ多くも天皇家とも遠い繋がりのある由緒正しい血筋なのだ!』

 ――きっとそんな秘密を打ち明けられる……僕は半ばそう信じていたのだ。


 ところが、親父の言葉はその期待を見事に裏切ってくれた。

「お前の名〝騎龍〟はな、実を言うとメカゴジラから取ったものなんだ」



「………………は?」



 微妙な間があった。

 目の前を半眼の白い鳥がパタパタと飛んでいく幻が見えた気がしたくらいだ。

(後で親父が「それは伝説の〝しらけ鳥〟だ」と教えてくれた)。


「いや、だからお前の名前は、世界に誇る日本の至宝、あの怪獣王ゴジラの永遠のライバル――メカゴジラから取った凄いものなんだ。

 今度DVDを見せてやるからな!

 まだ小学生のお前には難しいかもしれないが、制式名称は『三式機龍』と言う。

 オキシジェンデストロイヤーで滅んだゴジラの骨格をメインフレームに据えた最強のメカ、それがお前の名の由来なんだよ。

 〝機龍〟は母さんが『機械みたいで可愛くない!』って反対したんで、やむなく〝騎龍〟という漢字にしたんだが、今では父さんもそれで良かったと思っている。

 なんか仮面ライダーっぽくてカッコいじゃないか!」


「……違う」

 僕は俯いたまま、ぼそりと呟いた。


「違うって、何がだ? ライダーは龍騎だからか?」

 能天気な親父の問いに、僕は半ばキレながら言い返した。


「そんなことを聞いたんじゃないやい!

 うちの苗字のことだよ!

 聖護院って何だよ!

 うちは由緒正しい貴族の家柄なんだろ?

 まさか昔は〝八ツ橋〟を売っていたとか言うなよ?」


「何だ、そっちの方か」


 親父は手のひらを握り拳で〝ぽん〟と叩いた。

 今どきそんなアクションをする奴が本当にいるのか?

 昭和か? ドリフか? クレイジーキャッツか?


「それならそうと早く言え。

 だが、八つ橋って言うのは当たらずとも遠からずだぞ。

 何しろ、うちはひい爺ちゃんの頃までは、代々京都に住んでいたからな」


「やっぱりそうだったのか……。

 じゃあ――」


 勢い込んで身を乗り出した僕に、親父は大きくうなずいた。

「そうとも!

 うちは由緒正しい百姓の家柄だ」


「………………え?」


「いいか、まだ小学校じゃ習わないだろうが、昔、日本ではお百姓さんたち庶民は大っぴらに苗字を名乗れなかったんだ。

 それが明治維新っていう革命――大きな変化があってな。

 簡単に言えば、侍が支配する世の中から、みんなが平等な世の中になったんだよ。

 その時に、政府から『日本国民は全員が苗字を名乗りなさい』っていう命令が出されたんだな」


 親父の説明は、小学生だった僕にもよく分かるものだった。

 僕は少し感心しながら親父に尋ねた。

「じゃあ、お百姓さんだったうちも、その時に苗字をつけたの?」


「そのとおりだ」

 親父はにこりと笑って、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「じゃあ、何で〝聖護院〟なんて、気取った苗字にしたんだろう?」

 僕の疑問は、即座に親父が解決してくれた。


「うちは代々京都で百姓をやっていたと言ったろう?

 ご先祖さまは〝京野菜〟ってやつを作っていてな。それを家の女たちが〝大原おおはら〟となって、京の街を売り歩いていたんだ。

 中でも〝聖護院大根〟は千枚漬けに最適だって、評判だったそうだ。

 それで聖護院っていう苗字にしたって聞いているな」


 僕はこの時覚った。


 ――自分は特別な生まれなんかじゃない。平凡な小市民として一生を過ごすんだと。

 そして、同時に堅く心に誓ったのだ。


『僕の名前が〝メカゴジラ〟だってことだけは、絶対に秘密にしなくては!』

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