SFですが…、

○たらならくだ

喪失

 燃料は充分に確保できている。

 空間を漂う微粒子を、もしもの時のために集めて貯蔵しているのだ。もちろんそれらの微粒子の中に、自分の身体に必要な有機物があれば抽出することも忘れない。

 しかし、すでに航行に必要な計器類のほとんどが動かない。自分の居場所は、星の位置でおおよそが知れるだけだ。目的地への道は目視しながら調整していくしかない。


 船はものすごいスピードでゆっくりと、知らない宇宙を進んでいく。


 「コロン。調子はどうだい?…コロン、応答しておくれ。…応答無し。」


 「よう、ドッグ。続きを聞かせておくれよ。ほら、お前が世界旅行をした時の話のさ。なぁ、ドッグ。…ダメか。」


 僕には仲間がいた。

 その仲間達と交信が途絶えてから、もう10年以上になる。彼らが順調に旅を進めていれば、僕とはずいぶん差がついてしまっていることだろう。


 「パール、クレス、スフレ、…誰でもいい。応答しおてくれ。…。」


 呼びかけ続けた。一人が寂しいなんて想いは全くない。呼びかけなければ、届く物も届かない。可能性を0にすることはできない。




 僕達は皆、選ばれて生まれてきた。


 必要な知識を詰め込まれ、決して機械などには真似のできない柔軟な思考力を身に付けた。どんな過酷な環境にも耐え得る頑強な身体も、永い一人きりの航行にも耐え得る強靭な精神も手に入れた。





 …ザ、…ザザッ、…


 それは突然、頭の中に直接響いた。


 「…ザザッ…、コロン、ドッグ、パール、クレス、スフレ。お前達6人は仲間だ。」


 僕が覚えている中でも、最初に近い記憶。教官の良く通る声。懐かしいという感じは、こういう事かと思う。


 「今回の計画では、お前達のようなチームが、20、同時期に出発する。しかし連携するのは、あくまでこの6人だ。各自が的確に動くことで成果はより早く訪れる。」


 それまでお互いに切磋琢磨し、成績を競ってきた6人だった。いずれも優秀な両親の遺伝子を受け継ぎ、学内でもトップの6人だ。この6人でチームを組めるというのは素直にうれしかった。

 皆が必要な知識と技術をマスターしている。それぞれに分担を割り振れば、各自が的確に動く。連携のトレーニング等は必要としない。6人はすでに信頼で結ばれていた。


 チームを組んで翌日には、予てよりの計画実行の日取りも決定した。

 これはひとえに教官からの僕達に対する信頼の現れ、と言っても決してうぬぼれではないだろう。


 出発当日、定時に僕達はそれぞれの船に乗り込む。


 「コロン。調子はどうだい?」

 「まぁ、浮かれ調子のお隣さんと比べるとね、ボチボチってとこかな。なぁ、ドッグ。」

 「ん?そんなことより、出発はまだかな。サッサと用事を済ませて一刻も早く、ここに戻ってこなければいかんのだ。俺を待つ女たちの為に。」

 「あきれた。サイテーな男ね。私達は行ったら行ったっきりの片道切符よ。戻れるわけがない。そんな事、最初からわかっていることでしょう。」

 「パールはそうやってすぐにムキになるから、からかわれるのよ。ねぇ、スフレ。」

 「お調子者には、放置プレイ推奨です。」


 …


 衛星軌道上のステーションから、それぞれの乗り込んだ6機の船が射出された。


 最初の内は順調に進んだ。ひと月程で、その先3.5光年は障害物のない安定した航路が続く場所まで到達した。


 「セイルを展開するぞ。」

 「「「「「了解。」」」」」


 「これでしばらくは楽ができる?」

 「そうね。これから3.5光年先まで、少なくても20年は一睡もできないわね。」

 「”宇宙狼”に襲われないように?」

 「不吉なことを言わないで頂戴!」


 「残業手当は出るんだっけ?」

 「出ません。契約書読んでないわけ?」


 「放置プレイ推奨。放置プレイ推奨。」



 ……


 ”宇宙狼”とは、スペースマン達の間ではポピュラーな都市伝説である。実際にその姿を見た者はいない。それに遭遇したものは、その牙に砕かれ塵も残らないからである。

 それは秒速3万キロメートルを超えた者に牙をむく。そして速度が上がるほど、それとの遭遇率は高くなると云われている。

 別名を、光の中に住む獣、”光獣”とか、単にモンスターなどと言ったりする。


 結果的に言うと、僕達の計画は予定通りにはいかなかった。


 光の速度の15%に達しようとした時、僕の斜め前方を飛んでいたコロンの船が、何の前触れもなく爆発した、ように見えた。

 それは一般的な火を噴くような爆発ではなかった。その様子は、よく言えば鳳凰が羽を大きく広げたような、悪く言えばアメーバが潰れてどろどろと広がっていくような、そんな風に幻想的に僕の視界を覆った。

 その余波を受けて僕の船は、その2割程度の機能が停止した。航路も大幅にずれて他の仲間達と逸れてしまった。生命維持に関わる機能が死ななかったのは、不幸中の幸いといえるだろう。


 「…コロン…。」


 「…ドッグ…。」


 「…パール…。」


 「…クレス…。」


 「…スフレ…。」


 しかし、応答のない通信の波紋が、星々に反射しコダマとなって返ってくる。その音に微かな期待を込めて耳を澄ます。


 そんな状態が10年、そしてさらに10年、20年と過ぎていく。


 日課である、星の観測。

 目を凝らして船の影がないかもチェックする。目を凝らすといっても見るのは肉眼ではなく、高精度の光学レンズを通した高感度撮像素子である。誤認はありえない。


 もう生身のない身体にも慣れた。それだけこの船が優秀という事だろう。

 身体だった構成物質は、脳への栄養として+αされながらタンクに貯蔵されていて、適宜脳へと補給される。

 それは必要に応じ、環境に適した身体に再構築するためのモノでもある。


 今、僕の身体で形が残っているのは、脳だけである。


 この脳も、バイオ技術により組織を強化され、また長期間の航行を可能にするためコンパクトに設計し直されている。同じ機能を維持したままで、重さで約1/3の450g、脳容積では約1/10の150mlである。

 もちろんその分、省エネでもある。

 通常、150年が維持限界とされる脳であるが、組織強化により理論上は1000年から1200年の維持が可能となっている。




 そして、300年が経過し現在に至る。


 僕は、ついに目的の天体に到着した。


 「コロン、ドッグ、パール、クレス、スフレ、着いたよ。君達は今どこで何をしている?」


 上空から天体を眺める。碧い。水があるのだ。もちろん大気もある。僕達の…今はひとりだが…仕事は、この星を人の住める環境に調整することだ。

つまりテラフォーミングである。


 当然ながら、これまでもそうだがこれからも記録を残していく。というか僕の行動は自動で記録され、逐一地球へと送信されている。そういうシステムだ。


 しかし、これは産声ともいうべき第1声だ。口は無いが、脳が声をあげた。


 「コード=008819A 27--年02月11日 …僕--、…僕は…。」


 僕はここで初めて気がついた。



 自分の名前が欠落していることに…。






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