第136話 奇襲と用意






「まだ夜明け前だ。随分と早起きだな」


 俺は近づいてくる足音に振り返る。みるとルイーゼが息を切らしながらこちらまで来ていた。


「何よ。問題無さそうね」

「まあ死ぬ可能性は大いにあったが、傷自体は負ってないな」


 俺はそう言ってため息をつく。今頃は兵士達が襲撃者を追っている頃だろうか。まあ捕まえられるかは五分五分だろう。暗闇を追いかけるのは難しいが、彼等も地の利があるわけでもない。


(とはいえ、異国の人間が潜伏し続けられるとも思えん。まあ適当に兵を近隣の村に派遣すれば、いずれ見つかるだろう)


 ノルマンド人の彼等は、おそらく帝国軍が捕虜としていた兵士達だろう。そいつらを利用して俺の殺しを命令した。解放する代わりか、あるいは人質をとられていたか。いずれにせよいくらでもやりようはある。


(しかし俺が生きていると知れば、また何かしらの手は打ってくるだろう)


 俺は少しずつ明るくなってくる東の空を見ながら、大きく欠伸をした。寝損なった代償は大きい。少なくとも、今日一日は眠い思いをすることになる。


「ルイーゼ将軍!」


 するとこちらに走ってくる兵士の声が聞こえる。あれは確か、ルイーゼのそばにいた奴だ。


「どうしたの?」

「偵察部隊より入電。敵が動き出したとのこと」

「分かったわ。かねてからの準備通り、戦闘態勢に入って」

「はっ!」


 ルイーゼの指示で、兵士がとんぼ返りしていく。昨日の軍議の内容からも分かることだが、彼女は指揮官としては十分すぎる程に優秀だった。


(こりゃカサンドラ将軍も嫉妬しただろうな)


 俺はルイーゼを見ながら、その才をうらやむカサンドラ将軍を想像する。新しい世代の魔術師の誕生に、うれしく思いつつもどこか悩ましいという複雑な心境を、俺は容易に想像することができた。


「ん?何か?」

「いや、何でも」


 俺はそう言って立ち上がる。敵は内にも外にもいる。いずれにせよ、眠くなることは無さそうだ。


 俺はゆっくりと伸びをすると、回れ右して自らの装備を取りに戻った。










「隊長、帝国軍は依然として船を出してはきません。それどころか、船を準備する様子もありません」

「む?妙だな。これまではあの不格好な船が此方に向かってきたというのに」


 ノルマンド人の隊長が望遠鏡を受け取り陸地を見る。見ると船の姿はなく、あるのは近隣の猟師が使う船だけであった。


「こちらを誘い込み地上戦をやるつもりか?いずれにせよ海上から援護射撃もできるというのに」

「それでは隊長」

「ああ。……全軍突撃!何も港からだけ狙わなくても良い。兵を分散させ、様々な地点から上陸を試みろ。ただし、艦隊射撃による先制攻撃を行ってからだ」


 それぞれに船が動き出す。そしてそれぞれの艦砲が、帝国の港町に照準を定めていた。


「撃て!帝国を木っ端微塵にしろ!」


 凄まじい轟音と共に、砲弾が帝国軍領地に降り注ぐ。家屋は吹き飛び、町の至る所から煙が出始めていた。


「よし!各員、一気に上陸せよ」


 砲撃を一通り行った後、小型の上陸船を進ませる。敵からの反撃もなく、船は容易に帝国の地へと上陸していった。


「我が軍、敵領地へと次々と上陸しています。これまでにない戦果です」

「ふん。これまでとは違い、十分な艦隊砲撃もある。上陸は必然だ」


 隊長はそう言って、次なる指示を出す。兵を上陸させるだけでは意味がない。占領し、我が軍で使用可能な拠点にすることが今回の目的なのだ。


「このまま拠点の制圧を進めろ!ここを我が軍の橋頭堡に……」

「隊長っ!」


 指示を出そうとしたところに、部下が報告にやってくる。その表情に、何やら嫌な予感がした。


「上陸部隊が反撃にあっています。それも、すごい数です!」

「何っ!?」


 隊長は再び望遠鏡をとり、陸地を眺める。そこにはが、我が軍を襲っていた。


「何だあの人形のような化け物は……」


 ノルマンドの隊長は、ただぽつりとそう呟いた。









「しかし味方にすると凄まじく頼もしいな。この亡者兵は」


 俺はルイーゼの魔術に舌を巻きながら、戦況を見守る。ルイーゼを始めとする魔術部隊が、隠れさせていた亡者兵を起動したのだ。


 砲弾の雨が降れば、人間の兵士達はパニックに陥るだろう。比較的安全そうな家屋に隠れていても、砲弾の位置によっては吹き飛ばされることもある。塹壕か何かを用意する手もあったが、敵の襲撃はそれよりも早かった。


(とはいえ、こうなる可能性も予期して、亡者兵の配置は既に終わらせていたとはな。住民の避難も、あらかじめ準備していなければここまで早くはできまい)


 瓦礫に埋もれようが、手足が吹き飛ばされようが、亡者兵は魔術核がある限り動き続ける。そして改良型は、とうとう銃の扱いまでできるようだ。


 となればパニックになるのはノルマンド軍の方だろう。まさかこんな敵がいるとは思ってもいまい。


(今のところアウレール将軍傘下の部隊に動きはない……か。だが注視は必要だろうな)


 俺は警戒を怠ることなく、手に持っているライフル銃を軽く握る。王国時代から使っているが、帝国でメンテナンスしたこともあり大分精度は上がっている。


「敵軍、船に乗り込み引き上げていきます」

「亡者兵はどうしてる?」

「逃げていく兵までは追わないようです」

「了解。爆弾は?」

「既に取り付けてあります」


 敵が上陸し、占拠しようとすれば、必然的に船の防御は甘くなる。そもそも上陸船は上陸したら用なしであり、基本的に帰ることなど考えない。こんな気味の悪い人形が出てきたりでもしない限りは。


 成功のイメージを立てて作戦を立てることは難しくはない。だが失敗まで想定し、準備することは意外とできないものだ。少なくとも、奇襲に成功したと思っている向こうの指揮官と、様々な状況に対応するべく準備していたルイーゼでは結果は見えている。


 上陸船が敵の戦艦へ近づいていく。あの大きな船の方に衛生兵や物資があるのだろう。負傷兵がいれば、そちらに近づくのは必然だ。


「……そろそろか」


 沖合で爆発が起こる。全部が戦艦を巻き込んだわけではないが、少なくとも多くの船に被害が出ているだろう。


「とはいえ初戦だ。敵もこちらの亡者兵に驚いただろうが、すぐに対策は打ってくる。ここからが本番だな」


 俺はそう呟くと、兵に撤収の指示を出す。


 油断はできない。誰も自分の命に責任などとってはくれないのだから。


 俺はそんなことを考えながら、手早く銃を担いだ。




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