第101話 その果てに何を見る
『
凄まじい衝撃波と共に、帝国軍が吹き飛んでいく。
既に二日が経った。王国軍は既に物資、体力の両面からかなり消耗していた。自分たちよりも十数倍多い敵と戦っているのだ。当たり前と言えば当たり前だが。
「ふん。どこまでその威勢がもつかな」
派手な重戦車に乗りながら、アウレール将軍は城塞の攻防戦を眺めていく。兵員は更に増員され、負傷したところですぐに次の兵士がやって来ていた。
そんな指揮官の姿を、クローディーヌが見ればひどく憤慨しただろう。一方でアルベールが見ればひょっとすると誉めたかもしれない。個別の因縁や感情は置いておけば、兵を駒のように扱う指揮官はある意味では理想型であり合理性の極致であるのだから。
再び衝撃波が帝国軍を吹き飛ばす。今だ力が衰えないのは英雄が故か。一撃一撃が戦術兵器級の攻撃力を持っているが、それでもアウレールには余裕があった。
「いくら待てども援軍も来ないというのに、馬鹿な連中め」
既に手は回してあるのだ。アウレールは一人したたかに笑いながら、グラスに注いだワインを口に入れた。
「まあ、馬鹿はどっちかって話だな」
「副長、何か言いました?」
アルベールは脇で見上げているレリアに「何でもない」とだけ告げてそのガラクタにも近い機械に耳を近づける。アルベールが敵軍の兵から奪った機器を改造した物であるが、うっすらながら、帝国の通信が傍受できていた。
「次の攻撃は明朝だ。それまでは休んでいい。……レリア、クローディーヌ団長にそう伝えてくれ」
「分かりました」
レリアはそう言って、小走りにかけていく。夜は暗く、すぐにその姿は見えなくなった。
アルベールは椅子に座り一息つくと、再び状況について整理する。
(相手の間抜け達は情報が漏れているとは思ってもいないだろう。彼等は自分たちの波状攻撃が確実にこちらを消耗させていると思い込んでいる)
もっとも本当にそんな波状攻撃ができていたのならば此方は既に落ちているだろう。しかし彼等は練度が低く、攻撃の仕方に粗がある。そしてそこを突くようにクローディーヌを配置すれば、此方の兵力が少なくとも十二分に相手に損害を与えることができた。
(帝国の兵士だって死にたくないはずだ。こんな無茶な攻略戦、本当ならできるだけ参加したくないだろう)
もし本当に帝国軍全員が意識を統一して、本気で突撃をしかければ、もっと早くにこの城塞を落とせているだろう。勿論被害も大きいが。
しかしそうはせずに中途半端に各々攻撃した結果、彼等はいたずらに兵を減らし、戦意を低下させていた。
(こうなったらもう向こうの意志は『できるだけ味方に任せて戦うふりをしよう』となってくる。もう二日も耐えれば、活路も見いだせてくる。だが……)
アルベールはそう考えながらも、不安要素が多数転がっている事も重々承知していた。
まず王国軍の兵士達が徐々に緊張感をなくしていた。この二日の戦いでどこか自信をつけたのだろう。だが自信はいとも簡単に慢心へと変化していく。彼等の姿をみていればよく分かった。
第二にクローディーヌの疲労が見え始めていることだ。彼女はこれまで何度も秘術を使い帝国軍を攻撃している。彼女の一撃で敵の進軍が一気に止まるのだから使わざるをえないのだが、思いのほか早いペースで使用している。
(敵の情報をつかんでいることで休息はきちんととらせているが……。もってあと二日ってところか)
二日以内。いずれにせよ二日以内に決めなければならない。
彼女をアウレール将軍にぶつけ、将軍を葬る。問題はそのタイミングであった。
(できれば兵力は削っておきたい。俺が生き延びるためにもな)
アルベールは空を見上げる。懐かしい夜空が広がっていた。
「知は力なり……」
アルベールは思い返すように言葉を漏らす。
――――知は力なり。
先決は決勝になりてその意味をもつ。
行動は力を呼び、成果を生む。
我がためでなく、誰がために。
今この力を行使せん
「……嫌でも思い出すな」
「何のことを?」
アルベールが振り向くとそこにはどこかうれしそうに笑うクローディーヌがいた。
「休んでなくて良いのか?かなり秘術を使ったと思ったが」
アルベールの言葉に、クローディーヌが首を振る。
「ドロテが私に回復の秘術をかけてくれたから、少しだけ余裕があるの。もっともそのせいで彼女は今、泥のように寝ちゃってるけど」
「休憩時間の交換ってとこか。便利なもんだ」
クローディーヌはアルベールの横まで来ると隣の空いている椅子に座る。すこしばかり開いた距離がどこかもどかしかった。
「…………」
「…………」
アルベールは何も言わず、ただ夜空を見上げている。クローディーヌはそんな彼の横顔をぼんやりと眺めていた。
いくらか時間が経った頃だろうか。アルベールが口を開く。
「団長、あとどれくらいもちますか?」
クローディーヌは一瞬驚いたような様子を見せる。しかしすぐにいつもの真剣な表情に戻って、正直に答えた。
「あと五発。攻撃にしても防御にしても、合計五発が限界だと思うわ」
もう休憩をとる余裕はないだろう。次に攻撃が始まれば、おそらく此方の砲弾も尽きる。そうなればもうクローディーヌが常に前線で戦うしかない。
「それで……」
アルベールがクローディーヌに問いかける。
「それでどうしますか?」
アルベールの質問に、クローディーヌはクスッと笑って答える。その答えはきまっているのだ。
「貴方に任せるわ」
「私に?この状況で?」
アルベールが驚いた顔をするも、クローディーヌの考えに変わりはなかった。
「ええ。生きるも死ぬも。貴方の指示で」
「……それって責任放棄じゃないんですかね?」
アルベールが嫌そうに言うと、クローディーヌどこかうれしそうに「違うわ」と否定する。
「私自身がそう決めたの。自分の判断で。どんな結果であっても貴方を恨んだりしないわ」
「さいですか。随分と過大評価されたもので」
「それも違うわ」
クローディーヌがまっすぐアルベールを見て続ける。
「私が貴方を信じているから、そう決めたの」
「…………」
アルベールは頭をかきながら余所を向く。クローディーヌは「おやすみなさい」とだけ言ってその場を後にした。
「馬鹿な女だ。これから死なせようというのに」
誰に聞こえるでもないその呟きは、静かな夜に溶けていく。
アルベールは決して彼女の姿を視界に捉えないように、ただその美しい夜空を眺め続けていた。
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