第76話 報告:生き残った者たちへ(前)






 死に意味などはない。これは俺の変わらぬ考え方だ。


「ある」と考える人間は生きているからいえるのだ。そうした方が都合がいいし、なんだか気持ちが楽になる。その程度の理由に過ぎない。


 その人間が死ぬことでしか達成しえない悲願など、そもそもそれだけの価値はない。別の方法はいくらでもあるのだ。そしてその状況に陥る前の予防策も。思考を放棄し、だれかの都合で死ぬ人間がなんと多いことか。


 しかしそんな事実も背負えないから、「しょうがないことだ」とか「意味があった」なんて戯言が吐ける。被害者も加害者も、皆が皆自分をごまかしている。彼の「死」は自分たちのせいではないと。


 まったくもって反吐が出る。こうした思考停止のつけが、特定の人間に負荷を負わせ、あまつさえ殺していくという結果へとつながる。


 そして誰の責任かという部分を放棄して、「意味があった」という慰めでその故人を偲ぶのだ。そして同時に、自らを慰める。


「自分は悪くない」と。











「作戦を説明する」


 俺が隊長達に作戦の説明を始める。クローディーヌをはじめとするそれぞれの隊長達は十分な休養もあって戦意は十分であった。きっとそれは他の兵卒たちも同じだろう。


「敵軍はわが軍の主力を突破。北西の部隊はことごとく敗走している」


 俺が続ける。


「だが奴らは連勝であまりに前に出すぎている。勝利の高揚が敵を酔わせている間に、こちらはその足下を掬う準備にとりかかる」


 俺は地図上の地点に指をさす。


「俺たちはここから北上し、南から敵軍の側面を攻撃する。戦力を前方へ集中している今なら、敵将軍の首元に刃を突き立てられる。作戦目標はカサンドラ将軍ただ一人だ。速やかに彼を討ち、目標を達成したらただちに撤収しろ」


「はっ」という言葉と同時に隊長達が敬礼する。するとマティアスが静かに手をあげていた。


「マティアス団長、どうぞ」

「ありがとうございます、アルベール殿。……作戦についてだが、南方から攻撃するのはいいとして、途中に川があるみたいだがどうするのだろうか。こっちはけっこう大きい兵器持ってきているから、あんまり深いと運べない可能性があるのですが……」

「ご質問はごもっともです」


 俺は川の一部にしるしをつける。


「この河川は非常にゆるやかな傾斜で水量や速度ともに速くありません。加えてこのポイントはその川でも特に浅い場所となっています。ここからであれば、人は通れます」

「なるほど、だから分解式の火砲を用意しろと書状に書いてあったのですね。王国の司令部に命令を下されたときは正直乗り気ではありませんでしたが、アルベール殿からの手紙には心が躍りました。しかし地理の把握までしているとは、頭が上がりませんね」


 俺は「ははは」と笑いながらごまかしておく。実際これはたまたまなのだ。本当だったら、亡者兵への細工で決まっていたはずの勝負だった。それが何の因果かここまでもつれ込んでいる。


 第五騎士団への要望だって、あんまり機動性が落ちると困るから分解できる火砲を持ってきてくれと頼んだだけだった。別に先のことまで考えていたわけではないのである。


 川に関しても同様だ。特に深い理由はない。ただなんとなく見つけて、知っていただけだ。


「敵は拠点を落とした勢いでそのまま東へと進軍している。だがその凄まじい進軍速度に少しずつ部隊同士が離れだした。俺達はそこをつき、敵将軍に強襲をかける。奇をてらった行動はいらない。ただいつも通りに攻撃せよ」

「「はっ!」」


 皆が返事をする。俺はクローディーヌやマティアスの様子をうかがったが、特に意見はないようであった。両者とも俺を信頼してくれている。


(そいつは少々、過大評価な気もするがな)


 俺はそんなことを考えながら、空を見上げる。天気は徐々に好転し、日の光が差し始めていた。










 帝国軍の陣営、そこにはさらに東進するためにカサンドラをはじめとする魔術師の隊長達が集まっていた。


(何かがおかしい)


 ルイーゼは彼等の話も耳に入ってこないほどに強烈な不安を抱えていた。それは不安と言うよりは、本能的な危機管理だったかもしれない。


(あれだけの部隊が、私や将軍の魔術など威にもかけないほどの部隊がいたのにこんなに上手くいくはずがない。彼等に追撃はしたが、報告ではその多くが逃げたと聞いた。亡者兵の追撃にやられるほど弱くもない。ならば必ず生存している)


 ルイーゼはたまらず手を上げる。


「将軍お待ちください」


 ルイーゼの言葉に魔術師達は静まりかえる。それは勿論良い意味などではない。古き慣習を持ち続ける彼等において、女性が軍議に口を挟むなど到底許されない行為なのだ。


 無論それをルイーゼも知っている。


「何の用だ。小娘」

「何かがおかしいです。将軍」

「何かとは何だ。そんな曖昧なもので軍議をとめたのか?」


 カサンドラがギロリと魔眼で睨め付ける。近くにいた高位な魔術師達もその魔眼に生唾を飲む。しかしルイーゼだけは一歩も引く気配はなかった。


「あれだけの部隊が、私たちを打ち負かした部隊が何もしていないのは流石に異常です。必ずどこかで攻撃を仕掛けてきます」

「打ち負かしたとはなんだ。臆病風に吹かれたか?あの戦い、結局勝ったのは我々ではないか」

「それは結果論です。しかも、一時的かつ局地的なもの。戦略レベルでは何一つ優位には動いていません」

「黙れ、小娘。それ以上言うのであれば、貴様を軍法会議で裁いてやるぞ」


 カサンドラの言葉がルイーゼに突き刺さる。将軍クラスの人間により始められた軍法会議は、実質的に死刑宣告のようなものだ。


「でも……それでも……」


 ルイーゼが続ける。


「……皆が死ぬよりはいいです」

「…………」


 カサンドラは何も言わず、立ち上がる。そして去り際に一言だけ告げた。


「……進軍を一時停止する。周囲を警戒すると共に、魔力や消耗品の補充を行え」

「……っ、将軍!」


 カサンドラは輝くように明るくなったルイーゼの表情を見ることなく、そのままその場を後にした。魔術師達も、一気に緊張を解いたように息をはいた。


 丁度そこに雲の隙間から日差しが差してくる。東の空より、眩しい光が彼女達を照らしていた。


(いつからかこんな日差しに、感動することすらできなくなっていた。それもこれも戦争の……)


 生き死にを前にして、人は感動などできないだろう。戦争では必ず人が死ぬ。片方、あるいは両方が。そして生き残ったものだけが、その光りにさえ意味を見いだせるのだ。


 ルイーゼは大きく息をはく。戦いはすぐそこまで迫っていた。


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