第49話 報告:第七騎士団も悪くない

 





「貴様!この俺に楯突いてまともな死に方ができると思うなよ!」


 敵の大男がわめき散らしている。あれが総大将なのだろうか。だとしたら、東和人についても考えを改めなければならない。


 やはりどの国、どの集団にも、無能はいるものだ。そしてそういう奴ほど地位は高かったりもする。


「何とか言わんかっ!」

「………」


 敵はその大刀を俺に向けて振りかざす。俺はその刃を銃剣の切っ先で受け止めた。


「ふんっ!軽いわ!」


 敵はそのまま何度も刀を打ち付けてくる。俺の銃剣をそのままへし折れると思ったのだろうか。普通の銃剣ではそうだろう。


 だが俺が今持っているのは術によって作られた銃剣であり、血と術で作られた刃なのだ。そんな道理が通るはずもなかった。


「死ね!!」


 両手でその大刀を持ち、思い切りよく振り下ろす。膂力に任せたその斬撃はちょっとして剣ならそのまま真っ二つだったであろう。しかし俺に打ち付けた結果は真逆であった。


 バキン


 剣がへし折れる音がする。しかし折れたのは俺の方ではない、


 その大刀の方だ。


「なっ!?」


 何を言う必要も無い。俺はそのまま銃剣を奴の腹に突き刺した。


「ぐああ!」


 敵がうめき声を上げる。俺はそのままより深く彼の身体へと刃を差し込んでいく。


「なっ、何をしている!早くこいつをやらんか!」


 敵は少し遠巻きに見ている自分の部下に戦うように指示をだす。部下達はおろおろしながらも、決して動こうとはしなかった。


 無駄だ。彼等が戦うはずもない。


「既にお前の周りの連中をやったことで、他の味方は完全にビビってしまっているようだな」

「何?」

「あんたに命をかけるだけの価値はないってことさ」


 実際、敵が一挙に攻撃してきたら俺は危なかった。この術も俺の戦い方も、正直大人数を相手にできるようにはなっていない。血を媒介とする以上戦うことのできる時間にも量にも限界がある。クローディーヌの技はそういう意味でも便利だし羨ましい限りだった。


 俺は総首長から銃剣を抜く。傷口から溢れんばかりの血が流れ出していた。


「致命傷だな。手当をしてもらった方がいいんじゃないか?」

「貴様!図に乗りおって!」


 敵は再びへし折られた武器で攻撃を仕掛けてくる。だがその刃が俺の元まで届くことはなかった。


「俺の血でできた刃を差し込んだんだ」

「あっ……あっ……」

「それは毒にもなり、薬にもなりうる。そういう術だからな」


 男から煙が立ちこめる。すこしばかり注入した俺の血が彼の身体を内部から焼き焦がしている。俺の血はその男の体内で彼の血と混ぜ合わさり、さらに増殖していく。


「終わりだよ。あんたは」


 敵の身体が燃え上がる。そしてそのまま膝を折り、地面に倒れ込んだ。


 不用意だ。総大将が意味も無く前線に来ることも、のんびり敵の兵士をいたぶることも。ダドルジと名乗るあの男ならば、決してそんなことはしなかっただろう。


「ん?」


 俺は手をひろげ空を見る。雲が立ちこめ、雨が降り始めていた。


「丁度よかった。この火も死体が燃え尽きる前に消えるだろう」


 俺はそうつぶやくと、残っている敵の兵士をにらみつける。彼等は剣一つ振るうことなく、一目散にその場から逃げていった。












「アルベール?」


 クローディーヌが小さな声で話しかけてくる。俺は倒れている彼女に近づき手を差し伸べる。


「立てますか?団長」

「ええ」


 クローディーヌの手を取り、引っ張り上げると彼女がゆらりとバランスを崩す。俺は彼女に肩を貸しながら彼女が立つのを支える。


「ダヴァガル隊長のもとに……」

「はい」


 クローディーヌの歩調に合わせながら、ゆっくりダヴァガルのもとまで歩いていく。その男は満足げに息絶えていた。


「私……また守れなかった」


 クローディーヌが呟く。


「また、私だけが生き残って……」

「そうですかね?」


 俺が口を挟む。クローディーヌは「え?」といった顔で俺の方を見ていた。


「見てください」


 俺は彼女とともに後方を振り返る。するとそこには避難や救助を終えて、戻ってきた兵士達が並んでいた。そこには騎士団の団員だけでなく、ダドルジの部隊にいた兵士達もいた。


「貴方は守ったのですよ。彼等の命を。ダヴァガル隊長も同じです」


 クローディーヌは何も言わない。ただうつむき、身体を震わしている。


 参ったな。泣いている女性にどう声をかけるべきか、俺は知りもしない。


「あの、団長……」

「今だけです」


 クローディーヌが言う。


「今だけ、泣かせてください。これ以上は泣きません」


 俺は肩を貸しながら、彼女から伝わる震えを感じていた。だが次第にそれはおさまり、彼女はゆっくりと背筋を伸ばした。


「もう、大丈夫です」


 クローディーヌは俺の肩から離れ、自分で歩く。そして兵士達の前に歩み出た。すると東和人の兵士達が彼女の前に片膝をつき、頭を垂れた。


「我ら、ダドルジ隊長指揮下の一団。これより貴方の命に従います。処断するも、兵として利用するも、貴方の一存に」


 潔い連中だ。それに義理堅くもある。クローディーヌにひるむことなく挑んできたその男達の強さが、その姿勢によく表れていた。


 クローディーヌは頷くと騎士団の方を向く。


「第七騎士団各員に伝達します」


 クローディーヌが続ける。


「これより、本作戦を終了。これ以上の戦闘行動を禁じます。戦争は終わりました。傷ついた人がいれば誰であろうと救助を。彼等と協力し合って、一人でも多く救ってください」


「「はっ!」」


 騎士団は返事をして動き出す。東和人もある程度察したのか、彼等流の敬礼をして、それぞれ動き出す。


 俺はクローディーヌの方を見た。


「私、もっともっと強くなります。皆を守れるように」


 クローディーヌが言う。


「そのために戦います。皆を守れるだけの、英雄になるために」


 あいかわらず馬鹿みたいなことを言う。俺はそう思った。ここまで綺麗事を言うことができるのは最早才能だろう。


 だが以前とは違い、今度はそれを否定する気にはならなかった。今度こそ嘘偽りの無い、彼女の本心であり信念なのだから。


 俺が小さく笑う。すると彼女は微笑み、前へと歩き出した。













 俺はアルベール・グラニエ。マルセイユ王国のしがない兵士だ。親がいないため仕方なく騎士団に入り、今もこうして働いている。


 秘術は得意じゃないし、戦闘訓練の成績も平凡。いたって戦力にはならないから、いつも内地勤務を希望異動先として出していた。このままうまく戦場にでることなく、気がついたら退役というのが俺の理想のキャリアプランだ。


 しかしどこで歯車が狂ったのだろうか。今俺は、王国の栄えある12騎士団の一つに副長として配属されている。


「やれやれ、どうしてこうなったんだか」

「アルベール!遅れているわよ!まだ戦争が終わっていることを知らない部隊も、負傷した兵士もたくさんいるんだから」


 彼女が俺を急かす。


「すいません。今行きます、団長殿」


 本当にどうしてこうなったのか。今日も今日とてままならない日が続いていた。


 だが、


「悪くない」


 俺はそう呟き、彼女の元へと歩いていった。










 報告:女騎士団長は馬鹿である 第一部 完





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