第15話 報告:とある東和人団員について

 








「ん?」

「むっ?」


 第七騎士団の兵営所。老朽化したその施設はとても名誉ある十二騎士団の兵営とは思えない場所であった。


 俺は特にやることがない時はよく兵営所を訪れている。兵営所でそれらしき書類をめくっていれば誰も特には気に掛けない。そもそも団員の多くは半ば訓練をサボっている。だからここは俺にとっての憩いの場だ。


 しかしその日は珍しく、彼に出会った。


「ダヴァガル隊長、珍しいですね」

「これは副長殿」


 俺が敬礼すると、彼もかしこまって敬礼する。初めはただの無口かと思っていたが、作戦についての質問は的確であり、話しかければそれなりに答えてくれる。三隊長の中では一番指示をしやすいので俺の中では密かに好感度が上がっていた。


「前回の戦いで今までにないほど鹵獲しましたから、倉庫の整理を」

「倉庫の整理?貴方がですか?」

「ええ」


 俺は周囲を見渡す。兵営所は外の訓練場、そして作戦会議用の広めの建物、そして武器やその他物資の倉庫から成り立っている。建物内は基本的に団長用の小部屋しかなく、あとは多数の机と椅子が並んでいる大広間だけだ。


「手の空いてそうな団員もそれなりにいるようですが」


 俺はダヴァガルの少し離れた後方で雑談している団員達を見る。中にはカード遊びをしている連中もいる。これでも前回の戦い以降多少はマシになっているのだが。


「いえ、彼等はフェルナン殿の部下達ですから」

「では貴方の隊は?」

「半分は訓練、半分は休暇を取らせています」

「……そうですか」


 『フェルナン隊の団員に手伝わせては?』と聞いてみることも一瞬考えた。しかしそれは意味がないことは俺にでもすぐ分かった。


 一応階級上の上官であるダヴァガルの言うことを彼等も無視はしないだろう。だが真剣に働きもしないはずだ。時に敵よりも怠惰な味方こそが敗因になり得る。それと同じでやる気のない人間はいるだけで効率を落とす。俺もそれはよく分かっていた。


「私も手伝ってよろしいですか?」


 俺は彼に願い出る。部下であれ機嫌をとっておいた方が良い。そうすれば命を賭けた戦場で、俺を助けてくれるかもしれないのだから。


「勿論。是非お願いしよう」


 そんな打算まみれな俺の提案であったが、ダヴァガルはにっこりと笑い承諾してくれた。


















(しかしこのおっさん。体力お化けかよ……)


 開始してから二時間ほど経っただろうか。倉庫の整理は非常に辛く、俺は既に二回目の休憩を取っていた。


「ダヴァガル隊長、あまり無理をなさらないように」

「心配ご無用。私も疲れたら休みますから」


 彼はそう言って荷物を運び続ける。ずっとこの調子だ。さっきから俺の三倍の仕事量を休憩なしで続けている。黙々と倉庫の整理を続けていくその様はきちんと仕事をこなしていく戦場での働きを彷彿とさせた。


 自らのためではなく、周りのために。確かに重要な仕事だが、あまりにも報われない仕事だった。


(東和人っていうのは、皆こうなのかねえ)


 俺がそんなことを考えていたときであった。


「私が馬鹿に見えますか?」

「へっ?」


 思いがけない言葉に、俺はつい変な声を出してしまう。


 ダヴァガルは手を動かし、向こうを向いたままもう一度聞いてきた。


「私が馬鹿に見えるでしょう。こんな風に報われないのに皆のために尽くして」

「いえ、別にそういう風には」

「いいんです。自分でも分かっていることですから」


 ダヴァガルは淡々と荷物を動かしている。


 大きい背中だ。俺なんかよりもずっと多くの戦場を戦ってきたのだろう。俺はその背中に敬意を表することにした。


「……ええ。正直、馬鹿を見ていると思います」


 その言葉にダヴァガルの手が止まる。そして振り返ると大きく口を開いて笑った。


「はっはっはっはっは!」

「えっと……」

「いやはや失礼。ハッキリと言ってくれたのは貴方が初めてでしてな」


 ダヴァガルはこちらに歩み寄るとその腰を下ろした。


「せっかく正直に話してくださったんだ。私も腹を割りましょう」

「はあ」


 俺の戸惑ったような返事にはお構いなしに、ダヴァガルは話し続ける。


「副長殿、貴方は団長のことどう思われますかな?」

「えっと……」


 突然の質問に俺は戸惑う。とりあえず「立派な方だと思います」とだけ返す。


「私は馬鹿だと思っています」

「っ!?」

「それもとてつもない大馬鹿者です」


 とんでもないことを話すものだ。俺の報告次第では上官に対する不敬罪で裁かれることになりかねない。しかしこの男はそんな心配はまるでないかのように俺とクローディーヌを信じ切っていた。


「貴方もそうお思いでしょう?安心してください。誰も周りにはいませんよ」


 俺は少し考える。そして周囲に誰もいないことを確認してから、口を開いた。


「……否定はしません」

「そうでしょう。貴方はよく分かっていらっしゃる」


 ダヴァガルが続ける。


「私、いや私の部隊は東和人を含め外国に祖先を持つ団員が多いです。『外人部隊』なんて揶揄のされ方もします」

「それは……」

「いえ、お気になさらず。事実ですので」

「……はい」

「ですから貧乏くじを引かざるを得ないのです。馬鹿だと思われるでしょうがこういった汚れ仕事もやらなければ、すぐさま死地へと追いやられる。少数というものはいつもひどい扱いを受けるものです。……だが、あのお嬢さんは別だ」


 俺は黙って聞き続ける。


「団長は、必要もないのに私たちを庇い、部隊まで預けてくれた。善意というよりはそうしないといけないという義務感でしょうな。人はそれを偽善と片付けたりもします」

「……まあ、そうでしょうね」

「だが彼女のお陰で私たちは大いに救われています。偽善だろうが義務だろうが、それは事実です。彼女も彼女で、英雄の娘として、貴族として、もっと生きやすい生き方はあったでしょうに」

「…………」


 ダヴァガルの言うことは至極もっともであった。


「しかしそうした人間が必ずしも報われるとは限りません。むしろその逆の場合が多い。貴方はそれをよくご存じのはずだ」

「……ああ」


 俺がそう言うとダヴァガルは再びにっこりと笑う。無愛想だと思っていたが、その実よく笑う男だった。


「私たちに報いてくれとは思いません。同情もいりません。ですが副長、彼女……クローディーヌ団長だけは、守ってあげてくれませんか?」

「え?俺がですか?」

「はい」


 ダヴァガルが力強く言う。俺は困ったように答える。


「流石にそれは約束できません。私にそんな力はありませんから」

「はっはっは。謙遜なさる。そういった所も好印象ですな」


(この男話を聞いていないのか?)


 俺はそんな風に思う。するとダヴァガルがおもむろに立ち上がった。


「まあ無理に押しつけはしません。それより早く続きをしましょう。このままでは今日中に終わらない」


 ダヴァガルは再び荷物を運び出す。


 大きい背中だ。


 俺はゆっくりと立ち上がり、作業を再開した。





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