報告:女騎士団長は馬鹿である
野村里志
第一部 そして花は咲いた
第一章 第七騎士団へ異動せよ
第1話 報告:次の異動先は最悪である
俺はアルベール・グラニエ。マルセイユ王国のしがない兵士だ。親がいないため仕方なく騎士団に入り、今もこうして働いている。
秘術は得意じゃないし、戦闘訓練の成績も平凡。いたって戦力にはならないから、いつも内地勤務を希望異動先として出していた。このままうまく戦場にでることなく、気がついたら退役というのが俺の理想のキャリアプランだ。
しかしどこで歯車が狂ったのだろうか。今俺は、王国の栄えある十二騎士団の一つに副長として配属されている。
「やれやれ、どうしてこうなったんだか」
「アルベール!遅れているわよ!」
「すいません。今行きます、団長殿」
今日も今日とてままならない日が続いていた。
「次の君の異動先は第七騎士団だ。おめでとう、副長に大抜擢だ」
「へっ?」
ニコニコと話す上官に俺はつい間の抜けた声を出してしまう。王城の一室、辞令を受け取りにどこか晴れやかな気分で来た数分前の自分を今すぐに殴ってやりたかった。
「どうした、大出世だぞ。もっと喜べ」
「はあ」
俺は再びどうとも言えない返事をする。俺がそう言った返事をするのにも勿論理由はあった。
「あのー私は支援部か、諜報部を志望したと思ったのですが……」
「ん?そうだったか?まあ人事も必ずしも希望に添えるわけではないからなぁ」
嘘である。基本的にマルセイユ王国の軍部はかなり希望が通る。というのも以前の大戦が終わって以降王国はこれまでにない平和を享受している。そのため軍部には平和の間に給料の良い前線勤務を行いたい兵士が山ほどいるのである。
まあ俺からしたら正気の沙汰ではないのだが。平和ぼけした連中はどこにでもいるものだ。
いずれにせよ今まで内地勤務の希望はほぼ100%通ってきた。内地希望した他の連中もそうであることは調査済みだ。だからこそ、今回もそのはずだったのである。
「まあいいじゃないか。十二騎士団の要職なんて誰もが憧れるポストだ」
「私には荷が重すぎます」
「そんなことはない。上層部は君のことを高く評価しているのだ。だからこそ異動先として用意した」
「はあ」
三度力ない返事をする。これ以上抵抗しても機嫌を損ねるだけだろう。もう俺のやるべきことは如何に早くその騎士団を去るかであった。
(しかし……第七騎士団ねえ)
俺は再びもらった資料に目を通す。あいかわらずこの国の資料はずさんだ。何が何だか実態が分からない。
しかし一つだけ分かることがある。それは第七騎士団の団長が、あの女であるということだ。
(英雄の娘、『クローディーヌ』嬢か……)
七光りなど碌なものではない。特に命をあずける戦場では尚更だ。
「まあ、頑張りたまえ。期待しておるぞ」
「はっ!謹んでお受けします!」
俺はそうとだけ言って敬礼すると、回れ右して部屋を出る。平和ぼけした上官を背に、とぼとぼと次の異動先へと挨拶に向かうことにした。
マルセイユ王国は大陸に存在する大国の一つである。西にあるウェイマーレ帝国と共に大陸を二分して支配してきた。
つい20年ほど前にはじまった両国の戦争。それは大陸戦争と呼ばれ、過去に類を見ない戦いとなった。
騎士団の武技や聖職者の秘術を中心に据える王国の軍。それに対して帝国は近代兵器と魔術師を中心に据えた軍で対抗。両者の戦力は拮抗し、最後の最後まで決着がつかないまま、講和条約が結ばれた。
両者痛み分けのように思われたが、その実はけっこう違っている。帝国は王国よりもかなりの兵力を損耗し、王国は兵力自体それほど消耗していなかった。
というのも王国の軍は個人の能力に頼っており、戦力の大部分が一人の男によって担われているといっても過言ではないからだ。
英雄セザール・ランベール。その武技は山を揺らし、その秘術は海を割ると言われた伝説の騎士だ。実際に大戦ではその男一人を止めるのに帝国軍の将兵一万人以上が必要であったらしい。化け物を通り越して、もはや神のような存在だ。
(『英雄の娘』ねえ……はてさてどんな人やら)
そうこうしているうちに、俺は彼女がいるとされる部屋へとやってくる。王城は広い。わざわざ長い道を歩いて行かなければ別の部屋に行くことすら時間がかかる。これまでに在籍していた軍の支部とは大きく異なっていた。
(しかしここの部屋だけどうもみすぼらしい気もするな。ここに来るまでに見た他の騎士団の区画は、メイドとかも多数いて外から見ても豪華だったのに)
俺はしかたなくドアをノックする。すると向こうから「入りなさい」という返事が来た。
(「入りなさい」……ねぇ)
俺はその傲慢な返事にどこか思うところがないわけでもなかったが、丁寧にドアを開けて挨拶をした。
「初にお目にかかります。自分は本日付でこの団の副長に就任しましたアルベール……っへ?」
俺は今日四度目の間の抜けた声を出す。見ると目の前には薄い布一枚で自らの体を覆った美女が立っている。健全な青年としてはつい見入ってしまうのも無理はなかった。
長く綺麗に伸びた金色の髪に、それに映えるような碧眼。整った目鼻立ちに、女性らしい肢体。王国中の芸術家がどんなに上手く理想を描いてもここまでの女性は描けないだろう。
しかし俺はそれどころではなかった。
「ぶっ……無礼者!!」
「へっ?」
気がつくと白い光と共にあり得ないほどの衝撃を受ける。その威力はすさまじく、ドアごと吹き飛ばして俺は廊下に飛ばされた。
「お嬢様、どうなされました!」
「お、男が……」
「男?……ああ今日付で来た副長の方ですね。先程お伝えしたではありませんか」
俺は彼女付きのメイドと思われる女性に起こしてもらう。そのメイドは優しく微笑みながら、「すいません、大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。
こーいうのでいいんだよ。俺は何事もないかのように立ち上がる。
「いえ、問題ありません。鍛えておりますので」
「流石です。お強いのですね」
「いえ、それほどでも」
俺はこれ以上無いほどにキメ顔で対応する。俺にも春が来る、そんな気がした。
「リュシー!早くその服を頂戴。あと貴方は出て行って」
「……はい」
俺は小さく返事をして、部屋を出る。何があったかは知らないが、こちとらノックまでしているんだ。何も非は無い。
しかし軍人の性だろうか。上司には反射的に頭が下がる。それは小太りのおっさんでも、金髪の美人でも同じ事だった。
「俺……やっていけるかな」
俺はそんな疑問を口にしながら廊下で待つ。
今日も空は青い。窓から差し込む光だけが、俺に優しい気がしないでもなかった。
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