第82話


「イリアはグリュンタールの解体を期に、戦乙女を解散したのね」

「結束の固かった戦乙女が、あのグリュンタール戦で足並みを乱した。そんな信頼を落とす行為はモーリトス国に相応しくない。特に王家がアシュラン家に切り替わったばかりだ。戦乙女の越権行為は反乱を招く恐れもある」


戦乙女を残したのはアリステア家のみ。女性領主ということで女性の兵士を求められたからだ。もちろん、男性の兵士もあったが。女性領主では兵士とはいえ男性を身近に置くと見下されるようだ。


「リリィは戦乙女を配置していたため問題なかったようね。中には愛人として男性兵士を置くよう言ったバカもいたようだけど」

「バカよね。あの二人は大恋愛で結ばれたというのに」

「リリィは五人の子供を産んだそうよ」


玄孫やしゃごだけでなく来孫きしゃごまで抱けたようで、年老いたリリィが笑顔で赤子を抱く絵姿が残されている。


「王都に行った元貴族たちは罪にみあった罰を受けたみたいね」

「サンジェルス時代の貴族の七割が家族を連れて行ったんですって?」

「ええ。彼らの処分を最後にイリアは王妃として大人しくなったそうよ」

「王太子が生まれたこともあるけど、王女を懐妊したのも理由になっているようですね」

「────── エリンがいなくなったことが原因よ。イリアは厳しく責めたって後悔して」

「イリアは正しいことをした。イリアは総大将、そしてエリンは副大将。イリアがいないなら最高責任者はエリン。その自覚がなく、責任がイリアにまで及んでようやく自らの罪に気付いた」

「そんな無責任な性格だから、『戦乙女は解散した。だから挨拶しないでもいいか』っていなくなった。実際には希望者はリリィの領地ところで続けて戦乙女として働いていたというのに」

「イリアはその責任者をエリンに託そうとしていたのにね」


エリンがそれを知ったのは黙ってイリアの前からいなくなって三年後。図々しくも彼女はリリィの前に現れた。戦乙女の総大将にしてもらおうという魂胆で。しかしリリィはそれを認めなかった。戦乙女の一隊員にすることも。

エリンは『副大将だったときの責任』をとっていないのだ。責任をイリアに押しつけて逃げた。そんな『隊にとって負債の存在』でしかないエリンは仲間たちに取り押さえられた。たった三年……その期間に毎日鍛錬をしてきたか、しなかったか。その差は大きく、エリンは戦乙女たちに簡単に取り押さえられた。


「グリュンタール争乱の一件で、あなたは罪を償わず罰を受けておりません。そのため、戦乙女は責任を負う形で王都を追放されました。そんな負債の存在であるあなたには正当な罰を受けていただきますわ。その上で戦乙女採用のテストを受けなさい。─── 今のあなたでは不採用ですわ、体力の面で」


エリンは戦乙女の隊則にあわせて、戦乙女の雑用奴隷として七年働いたのちに戦乙女からの追放となった。エリンは追放に素直に従った。三年サボってきた鍛錬は七年で取り戻すことはできず。その間にも戦乙女の彼女たちは鍛錬で能力をあげていた。─── ついていけなくなっていたのだ。


エリンの再出現とその罰はイリアの心を痛めることとなった。しかし、いなくなった理由とふたたび現れた理由を知ったイリアは、泣いて泣いて泣いて吹っ切った。エリンの存在を。すでにイリアには支えてくれる家族がいる。癒してくれる子供たちもいる。守るべき国民もいる。

元同僚一人のために歩みを止め、見るものを狭め、優先すべきものを誤り、守るべき人たちを危険に晒すわけにはいかない。

イリアは戦乙女ではなくなったが、戦乙女で培った精神は失われていない。今まで国王陛下の庇護下で守られてきた存在から、国王陛下と並び守る側に立つ責任と覚悟を決めたのだ。


「アイシアを尊敬していたイリアは、誰かに尊敬される側になろうとしたのね」

「バカな子ね。誰かに尊敬されるために生きるのではなく、『誰かの手本』になるように生きればいいだけよ」

「ああ、その点ではリリィは我が子の手本になれるように真っ直ぐ生きたな」

「─── そうでしょうか?」


アイシアは先程見てきたリリィの日記に手を載せる。

アイシアたちが訪れることを予見していたのか、精霊の森の入り口にアリステア家の建物を用意していた。中に残されたのはアイシアたちが精霊の世界に渡ってからリリィの晩年までの『家族の日記』。そして肖像画。それらにはリリィやイリアだけではなく、アイシアとカイエルの兄弟たちの子孫の日記や記録も含められていた。

ここはモーリトス国の歴史が刻まれた歴史資料館として残されていて、誰もが入ることができるようになっている。魔導具の『ひと夜の夢』は使えないが精霊魔法の『真実の目』は使えるようになっている。

それで各々の家族のその後の歴史を見てきたのだ。


「リリィったら、あの肖像画を描いているときに私の気配に気付いたのよ。そして私に向かってイタズラっ子のように笑って言ったのよ」


アイシアは壁にかけられた年老いたリリィとライールを中心にたくさんの家族と描かれた肖像画に優しく微笑む。その耳にはさっき聞いたばかりのリリィの声が蘇る。



「おばあ様、楽しく素晴らしい人生だったわ。私、来孫きしゃごまで抱けたのよ。すごいでしょ」




(完)

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愚かな者たちは国を滅ぼす 春の小径 @harunokomiti

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