愚かな者たちは国を滅ぼす

春の小径

第一章

第1話


「クーデリア・リリィ・アシュラン辺境伯令嬢。我が愛しの姫ソレイユ・ウーレイ男爵令嬢に対し行ってきた、許しがたき悪行の数々! 今この場ですべてを明るみにし、貴様との婚約を解消する!」


卒業パーティーが始まる直前の会場で、はしたなく大声で喚き散らし、マナーもなく私に指を向けているあどけないおさな顔に金髪の天パ。この方は、今はまだ『私の婚約者』ユーレット・ジョスカー・サンジェルス。この国の王太子殿下です。この言動を見たら、末恐ろしく、暗い、絶望に近いこの国の未来しか思い浮かばないでしょう。

以前はここまでバカではありませんでした。ちゃんと国民のためを思い、善き国父になるべく勉学に励み、基礎科・中等科、高等科一学年までは成績もトップクラスでした。

それが高等科二学年になった時に一変しました。

父親が一代限りの男爵位を叙爵したとの理由で、学院高等科に一学年遅れて入学してきたソレイユ・ウーレイ男爵令嬢。彼女が学院に入ったのは『貴族としてのマナーと教養を得るため』だそうです。そんな彼女の色香に負けて、勉学をおろそかにし、あれよあれよという間に成績は下がり、気が付いたら男爵令嬢とというていたらく。そのお二人が、『もう一度、高等科二学年をどうぞ』ではなく、『来年度は、高等科一学年に戻ってやり直して下さい』と直接言われたのはつい昨日のことです。

本来なら来年度は『一学年まで戻って下さい』となる予定だったそうです。ですが、一度に四学年も落とすのは学院始まって以来のことで、さらにその対象の一人が王太子殿下未来の国王陛下ということもあり、厳しいことで有名な学院長様も躊躇われたそうです。

今年度でも王族が、それも王太子殿下が進級出来なかったこと自体、前代未聞のことでした。殿下ご自身は、一学年遅れたことで愛しの君と同学年となれたことを喜んでいましたが……

共に恋愛を最優先し、勉学を疎かにしたために、一学年時代に覚えたことをすべて忘れてしまったようです。そのため、次の知識を覚えることも叶わず、同学年生についていけないため、もう一度一年生に戻るようにと言われたのでしょう。

ですが、すでに脳内は一面のお花畑となり、培ってきた知識や常識をすべて堆肥に変えてしまったお二人には、『一緒にいられる時間が増えた』という喜びしかないようです。

そして私の卒業が決まり、『卒業と同時に結婚』ということを卒業式の途中で思い出したのでしょう。そして今の事態になっているようです。

残念なことに、『二人が卒業したら』という条件は堆肥の一部となったようで、見事に忘れられていますね。

─── いえ。覚えているからこそ、『婚約者を取り替えて、卒業と同時に結婚』という妄想をしているのでしょうか。

ですが、中等科まで戻られるかもしれないお二人に、『卒業と同時に結婚』は未来永劫こない可能性があるのです。このような騒動を引き起こした以上、不名誉な退学処分になる可能性の方が確実になったことでしょう。


この国では貴族にあるミドルネームが平民には無いため、名乗ればすぐに『一代貴族』だと分かります。ちなみに、相手をミドルネームで呼べるかどうかで、親密度が分かります。逆に、親しくない間柄なのにこのミドルネームで呼べば不敬罪になります。

もちろん、男爵となられたのは父親だけであり、ご家族の立場はです。たとえご令息がいらっしゃられても、お父上の男爵位を継ぐことは出来ません。それがと呼ばれる所以ゆえんです。ただ、同じ男爵位の方と結婚することが出来るため、ウーレイ男爵は『貴族としてのマナー』を娘に身につけさせようとして学院に入れたのでしょう。ちなみに、ウーレイ男爵令嬢は十歳から十五歳までの子息子女が通う学舎まなびやに籍を置いていたそうです。そこは学費さえ支払えば、通わなくても卒業出来ます。もちろん、学費免除の学校もあります。ですが、ここは学力重視のため、進級も卒業も学年末の試験を受けて基準値を越えなければなりません。

ランクは『学院 >>> 学舎 > 学校』ですが、学力は『学院 >> 学校 >>>>> 学舎』となります。

ウーレイ男爵令嬢の国民として持つべき最低限の一般常識の乏しさは、それが理由と思われます。

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