第48話 宮簀媛 四
「草薙さん!」
いきなり浴室の中で全裸で仁王立ちの姿で現れた草薙さんに私と桜子はしばし呆気に取られていた。
しかし最初に声を発したのは私だった。
「あなたも年頃の女の子なんだから前くらい隠しなさい。それと」
私はビシッと私と桜子が浸かっている湯船を指さした。
「早くお湯に浸かりなさい。今は冬なのよ? 風邪ひいちゃうでしょ」
私にそう言われた草薙さんはキョトンとした顔をしていたが何故か嬉しそうに「はーい」と言って湯船に駆け寄って来た。
桶で湯船のお湯を何回か浴びてから私と桜子が入っている湯船の中に入って来る。
「あー、極楽極楽」
そう言って首をコキコキさせる草薙さんと「しょうがないなぁ」と言う感じでお湯に浸かる私を見て桜子もお湯に浸かりながらクスクス笑いながら言った。
「今の音美さん。草薙さんのお母さんみたいでしたよ」
「へ? お母さん?」
私は予想もしなかった言葉にちょっと動揺した。
草薙さんは幼い頃にお母さんを亡くしている。
えっと、どう返せば良いんだろ?
「アタシもそう思った。母さんが生きてたらこんな風に言われるのかなぁ、って」
草薙さんは湯船の中でニコニコしてる。
うーん、これはこのまま何も言わない方が良いのかなぁ?
なんて事を考えていた私に草薙さんがまたも予想外の事を言って来た。
「音美、アナタ胸が大きくなったんじゃない?」
「な!」
私は慌てて両手で胸を隠す。
「そうなんですか?」
草薙さんの言葉に桜子が興味津々と言う感じで食いついて来る。
「えぇ。昨年にここで一緒にお風呂に入った時より明らかに大きくなってる。今のサイズはどのくらいなの?」
な、な、な、なに? この展開?
草薙さんと桜子が熱い視線で私の胸を見てる。
うーん、ここは正直に言った方が良いんだろうなぁ。
「・・・85。そろそろCカップじゃキツイかも」
私はちょっと赤面しながら小声で言った。
「スゴーイ。それなのに太ったようには見えないし。音美さん、ちょっとよく見せて下さい」
桜子が無邪気な声でそう言う。
はぁ? あんた、浴室に入ってから散々見てるでしょーが!
改まって言われたら恥ずかしいじゃない!
「アタシはまだじっくりと見てないから見てみたいわ。女の子同士なんだから恥ずかしがる事ないじゃない」
と、草薙さんが無責任な事を言う。
恥ずかしいわ!
いくら女の子同士でもガン見されたら。
「仕方ないわね」
草薙さんは大きなため息をつく。
このアマ、今の状況を楽しんでる。
ドSのブラック草薙全開だよ。
「じゃあ、桜子。アタシ達のを先に見せてあげましょう」
そう言って草薙さんが湯船の中で立ち上がる。
「はい」
桜子も躊躇せずに立ち上がる。
「ちょっと!2人とも何やってんのよ!」
そう言いながらも私は2人の胸を見てしまう。
桜子はまだ成長途上と言った感じだけど形の良い膨らみを見せている。ギリで80くらいはありそうだ。
それに比べて草薙さんは多少大きくなったとは言え明らかに80は無い。
「うー、身体が冷える」
草薙さんは湯船の中にしゃがみ込む。
桜子も同じようにしゃがみ込む。
え? 次は私の番って事?
「わ、私は立ち上がるのは嫌だからね」
観念した私は湯船の中で胸を隠していた両手を下げる。
そこを2人が覗き込んでくる。
うぅ。恥ずかしいよぉ。
「わぁ、音美さんの胸とってもキレイで柔らかそう。しかも弾力もありそうだし。これが美乳って言うんですね」
また桜子が無邪気な声をあげる。
いや。
そんな解説しなくて良いから。
「これも修行の成果ね。最近は体調も良いでしょ?」
私の胸をチラッとだけ見た草薙さんは湯船の端に身体を預けて問いかけてくる。
「うーん、確かに。最近は寝覚めも良くなったし」
私は再び胸を隠すと率直な意見を言った。
私は元々低血圧で朝は苦手で頭痛も頻繁にあった。
それが草薙さんと一緒に修行を始めてから、そんな事は無くなっていた。
「・・・あたしは生理不順が無くなりましたし生理痛も無くなりました」
桜子も恥ずかしそうに小声で言う。
「健全なる精神は健全なる肉体を造る」
草薙さんがキッパリと言う。
「それは草薙さんの造語ですか?」
桜子が可笑しそうに突っ込む。
「そうね。でもアタシはそう思ってる」
「それなら、どうして草薙さんの胸は成長しないんですか?」
おい、桜子!
それは言ったらダメなヤツ。
しかし、草薙さんは平然としてる。
「それは個人差だから。アタシは戦闘に特化した修行をしてる。戦闘においては胸なんてジャマなだけよ」
「はぁ」
桜子は判ったような判らないような顔をしてる。
「もしもアタシが巨乳だったらあんなに俊敏に動けると思う?」
「・・・巨乳の草薙さん」
桜子はしばらく考え込んでから答えた。
「すみません。想像できません」
そんなやり取りを聞いていた私は思わず吹き出してしまった。
「アンタは笑い過ぎ」
そんな草薙さんの言葉も私の笑いを抑える事は出来なかった。
巨乳の草薙さん?
そんなの私だって想像できないよぅ。
「ま、アタシだって自分が巨乳だなんて想像できないけどね」
草薙さんが悪戯っぽく言って笑う。
それを聞いた桜子も笑い出した。
浴室に可憐な乙女達の笑い声が響く。あー、良いなぁ。この雰囲気。
私はお湯に浸かりながら暖かい気持ちに満たされていた。
「ねぇ、桜子」
ひとしきり皆で笑い合った後、草薙さんが真面目な顔つきで桜子に問いかけた。
「アナタが音美に対してした質問。1000人の人を助けるっていうヤツね。アレは本当にアナタが考えてした質問なの?」
草薙さんの問いかけに桜子が考え込む。
「・・・いえ。あたしの頭の中にいきなり何かが入って来たような感覚でした」
「なるほどね」
草薙さんが意味ありげに微笑む。
「あの。あたしにも何か変化が現れているのでしょうか?」
桜子が不安気に尋ねる。
「そうね。アナタの中で宮簀媛が目覚めつつあるのかも知れない」
「・・・あたしの中で宮簀媛が?」
尚も不安そうにしている桜子に草薙さんは優しく言った。
「詳しい事は長老さまから聞いた方が良いわ」
そう言ってから草薙さんは桜子の不安を払拭するように明るい声を出した。
「もうすぐ長老さまの作業も終わるでしょうからアタシ達は禊ぎをした方が良いわ」
「禊ぎ? そー言えば草薙さんは長老さまと何を話し合ってたの?」
私の質問に草薙さんが答えた。
「それも長老さまとお会いしてから聞いた方が良いわ。さ、禊ぎをするわよ」
そう言って草薙さんは湯船から出る。
私と桜子も後に続く。
草薙さんの指示通りに禊ぎが終わった頃に浴室のガラス戸の外から女の人の声がした。
「長老さまの作業が終わりました。大広間でお待ちです」
その落ち着いた中にも品のある声音は明らかにバイトの巫女さんでは無い。
「判りました。私達も禊ぎが終わりましたのですぐに行きます」
「はい。長老さまにお伝え致します」
そう言って女の人はガラス戸の外から立ち去った。
私達は急いで身体を拭いて服を着てから大広間へと向かった。
私は大広間に行くのは初めてだったけど、そこに座っている長老さまを見た私は思わず駆け寄ってしまった。
「長老さま!お久しぶりです」
「音美殿、実際に対面するのは久しぶりですな」
長老さまは以前にお会いした時と同じように優しい目と穏やかな笑みで私を迎えてくれた。
「先日、ターニャ様が何者かに囚われた時には良く頑張りましたな」
「え? いやぁ、私なんて大した事はしてませんよぉ。長老さまや皆さんのお陰です」
「オホン」
久しぶりに長老さまとお会いしてはしゃいでいる私に草薙さんの咳払いが聞こえた。
振り向くと草薙さんと桜子はキチンと正座している。
いっけなーい。私は慌てて草薙さんの横に正座した。
「この狸さんがご無礼をして申し訳ありません」
「だから、狸って言うな!」
草薙さんと一緒に頭を下げながら私は小声でツッコミを入れた。
「はっはっはっはっ」
長老さまは愉快そうに笑い声を上げる。
「ターニャ様、頭をお上げ下され。音美殿の天真爛漫さにはターニャ様も助けておられる筈ですが」
「はぁ」
頭を上げた草薙さんは何と言ったら良いのか判らない、と言う顔をしている。
なによ。
素直に私の存在を認めなさいよ。
「こちらが桜子です。アタシは宮簀媛が目覚めつつあると思っています」
「ふぅむ」
桜子は自分を見つめる長老さまの視線に緊張してる。
「桜子殿、で宜しいかな? こちらへ。わしの近くまで来て下され」
「ほら、桜子」
草薙さんに促されて桜子は立ち上がると恐る恐ると言う感じで長老さまに近づいて行く。
「もっと、近くへ。そなたの目を見せて下され」
桜子は長老さまの至近距離まで近づいて正座した。
顔は下を向いていたが、やがて思い切ったように顔を上げた。
長老さまの目が厳しいものになったが桜子は怯まずにその目を見つめ返した。
「うむ。なるほど良い目をしている」
しばらく睨めっこのような状態だったけど長老さまが視線を外し穏やかな声で言った。
それを聞いた桜子は脱力したように身体の力を抜いた。
そして「ほうっ」と大きなため息をついた。
「これへ」
長老さまがパンパンと手を叩くと長老さまの後ろに控えていた巫女さんがしずしずと歩み寄って来る。
その両手は三方を捧げ持っている。
三方を長老さまの横に置くと、またしずしずと下がって行く。
「ターニャ様と音美殿もこちらへ来て下され」
長老さまに促されて草薙さんと私も長老さまの近くに正座する。
草薙さんは長老さまの目の前。私は少し身体を崩した桜子の横に座った。
私が桜子の身体を支えるようにして「大丈夫?」と声をかけると「はい」と桜子が小さな声で答えた。
「確かに桜子殿の中には宮簀媛がいらっしゃるようですな。これを」
そう言って長老さまは三方に手を伸ばす。
三方の上には紫色の布が幾重にも折り畳んであった。
その上に置いてあった小さな銅鏡のついたネックレスを掴むと桜子に差し出す。
「あ、長老さまのネックレス」
思わず声を上げた私に向かって頷くと桜子に受け取るようにと身振りで示す。
「これは?」
ネックレスを受け取った桜子が不思議そうな顔で長老さまに尋ねる。
「わしの力を入れた銅鏡じゃよ。扱い方はターニャ様と音美殿に訊くが良い」
そう言った長老さまは三方から別のネックレスを取り出す。
「あ、私のネックレス」
嬉しそうに言う私に長老さまが目を細める。
「音美殿は完全に同調されたようじゃのう。少しパワーアップしてあるからお気をつけて」
「わぁ、ありがとうございます」
私はうやうやしく受け取った。
これからもよろしくね、と言った感じでなでなでする。
確かにこれまでより強い何かを感じる。
「最後にターニャ様へ」
長老さまは両手で捧げ持つように草薙さんのお母さんの形見を差し出す。
「うわ、スゴーイ」
私が思わず声を上げてしまうほど草薙さんのお母さんの形見は金色に輝くようだった。私が最初に見た時とは全く違う。その時よりも何倍も、いえ何十倍もの力のようなものを感じる。
私達3人がそれぞれのネックレスを受け取ると草薙さんが長老さまに尋ねた。
「長老さまも桜子の中に宮簀媛を感じられたのですね?」
「はい。宮簀媛で間違いないでしょう」
草薙さんは更に続ける。
「おかしい、とは思われませんか? アタシはずっと1人で得体の知れない何かと対峙して来ました。それがこの1年足らずの間に弟橘媛、そして宮簀媛まで現れるなんて。偶然とは思えません」
「・・・偶然ではありませんな。必然でしょう」
長老さまが厳しい顔になっている。
こんな長老さまは初めて見た。
何なの? 何が始まろうとしているの?
「やはり、アイツと戦う為に?」
思わず身を乗り出す草薙さんを諫めるように長老さまは顎鬚をなでる。
草薙さんが我に返ったように座りなおす。
長老さまはゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。
「母上の形見からその者の片鱗を感じました。確かに桁外れのパワーですな。その者が600年後の人類の行く末に干渉をしているのかも知れませぬ」
「だったら」
再び草薙さんが身を乗り出そうとする。
「落ち着きなされ。ターニャ様」
珍しく長老さまが草薙さんを叱責するような口調で言う。
「まだその者の正体も目的も判明している訳ではありませぬ。ターニャ様が平常心を失う事も、その者の狙いかも知れませぬ」
長老さまの言葉にハッとしたように草薙さんが身をすくめた。
「アタシはこれからどうしたら良いのでしょうか?」
「今まで通りで構いませぬ。おっと、桜子殿のご指導はして貰わなければなりませんな」
長老さまは笑い声を上げた。
そして私の方を向き直った。
「音美殿。ターニャ様を宜しくお願いします。貴女の存在がターニャ様に与える影響はとても大きいのです」
へ?
私?
私の存在ってそんなに重要なの?
「そんな、長老さま。私は自分の存在について深く考えた事はありません。ただ」
「ただ?」
長老さまは私の目を見つめている。
「私は草薙さんが笑顔でいられる事を望んでいます。桜子もそうです。私は世界中の人が皆、笑顔でいられたら良いなぁと思っています」
長老さまは私の答えに笑顔で応えてくれた。
「貴女はこれまでの弟橘媛の力を持つ人達とは何かが違うように思われます。これからの鍵を握るのは貴女かも知れませぬ」
草薙院の中に長老さまの言葉が染み込んでいくようだった。
「いずれにせよ」
草薙さんは長老さまも含めたその場にいる全員に聞こえるように言った。
「アタシ達はアイツと一戦交えなきゃいけないようね」
私にはその言葉が草薙さんが自分自身に言い聞かせているように感じられた。
そこには存在しない何か 第1部 完
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