第47話 宮簀媛 参
「あー、やっぱりこのお風呂は気持ちいい!」
私は総檜風呂の湯船の中で頭にタオルを乗せてしみじみと言った。
隣では桜子が同じように湯船に浸かりながらクスクスと笑っている。
「音美先輩、オヤジみたいですよ?」
「だってぇ、ホントに気持ちいいんだもん」
私は半年ぶりくらいになる檜風呂を満喫している。
「はい、あたしも檜の香りに包まれて気持ちが落ち着きます」
桜子もお風呂場を見渡して、ほうっと息をつく。
ここは名古屋の熱田神宮の奥にある草薙院のお風呂。
半年ぶりくらいだけど、やっぱり総檜のお風呂場ってスゴイ。
おっと、私達がなんでこのお風呂に浸かっているのか説明せねばなるまい。
桜子の中にミヤズヒメとやらが眠っているらしいとの事で草薙さんが長老さまに相談したのだ。
そしたら、草薙さんが言ってた通りに長老さまは「草薙院に来て下され」との事らしかった。しかも交通費などの費用は向こう持ちだって。
サスガ長老さま、太っ腹!
しかも今回は事前に連絡してあるから私達はVIP待遇ってワケ。
前回みたいにバイトの巫女さんなんかじゃなくて新幹線で名古屋駅に着いたらお迎えの大きな車まで来てたからビックリよ!
私は車の事は良く判らないけど、リムジンとか草薙さんは言ってた。
桜子なんか恐縮しちゃってずっと車の中で小さくなってたなぁ。
草薙さんは車の中からスマホで長老さまと話してたよ。
「あまり大袈裟にはなさらないで下さい」って。
どうやら長老さまはかなり派手な歓迎儀式をしたかったみたい。長老さまは「派手にやる事に意味がある」と言う趣旨があったみたいだけど草薙さんの「カンベンして下さい」の一言で却下になった。
それでも熱田神宮に着いたら長老さまが直々にお出迎えしてくれたけど。
それから私達は草薙院に案内された。草薙さんは長老さまと何か話し合いをしなければならないらしい。
それで私と桜子はお風呂に入るように勧められたのだ。
「でもさぁ。桜子にはちょっとビックリしたなぁ」
「え? 何がですか?」
私の問いかけに桜子はキョトンとしてる。
「脱衣場でサッサと服を脱いで前も隠さずにこの浴室に入って行ったじゃない」
私は桜子はしっかりとしてるけどまだまだ子供なのかなぁ、と思って微笑ましかったんだけど。
でも、桜子の返答は違ってた。
「だってこのお風呂場にはあたしと音美先輩しか居ないんですよ? 先にあたしが入ると言う事は、この浴室には誰も居ないと言う事になります。誰も居ないのに隠す必要があるんですか? そんなの合理的じゃ無いですよ」
「・・・合理的ねぇ」
言われてみれば桜子の言う通りだ。
私が感心していたら桜子は何故かお湯を見つめて黙ってしまった。
え? なになに?
「どうしたの? 桜子?」
私は優しく桜子に問いかけてみた。
「・・・すみませんでした。先輩に向かって生意気な口を利いてしまって」
「そんな事? 良いよぉ、桜子の言う事は正論なんだから」
「・・・正論」
桜子は今度は深刻そうな顔になってしまった。
えぇー。
私、なんか墓穴掘っちゃった?
「・・・あたし、音美さんと仲良くさせて頂いて思う事があるんです」
は?
私の事?
私、なんか変な事したっけ? しかも今度はさん付けだよ。
「音美さんは裏表がなくて自分の感情に素直でステキな方だなぁ、って」
えーと、これは褒められてるんだよね?
「・・・それに比べてあたしは。何でも頭で考えてしまって。正解を求めようとしてしまってる」
ザブン
桜子はお湯の中に頭を突っ込んでしまった。
「ちょ、ちょっと桜子!」
私は慌てて桜子を抱き起こす。
「げほげほっ」
桜子は少しお湯を飲んでしまったみたいで咽ている。
「大丈夫? 桜子?」
私は桜子の背中をさする。
幸い桜子は程なくして普通の呼吸に戻った。
良かったぁ。
「やっぱり優しいですね。音美さんは」
「何、言ってんの!当たり前でしょ」
そんな私を見て桜子は微笑んだ。
良かった。
桜子が笑ってくれた。
「・・・あたしは正解を求める為に合理的な考え方をしようとしています。でも、それで良いのかな?って。そこには感情が無いんじゃないか?って」
うーん。
何か難しい話になって来たぞ。
これはどう答えるべき何だろうか?
「感情がない答えを正解と言えるんでしょうか? 愛情のない答えを正論と言えるんでしょうか?」
桜子は真剣な眼差しで訊いてくる。
ちょっと、まったぁ!
私にそんな話を振らないでよ。
「え、えーと。正解は正解で良いんじゃないの? 正論も正論なら良いと思うわよ」
あー、何を言っとんじゃあ!
私は!
自分でもワケ判らんわ!
「やっぱり優しいですね。音美さんは」
桜子は微笑んでいるが話を辞めようとはしない。
「例えば、ですね。1000人の人を助けるのに5人の人を犠牲にしなければならないとします。その場合、音美さんならどうやって犠牲になる5人を選びますか?」
「へ?」
何?
その質問?
そんなの判るワケないじゃない。
「えっと、桜子ならどうするの?」
「そうですね。年齢が高い順から選ぶとか。重病人から選ぶとか」
うーん。
私ならどうするんだろう?
考え込んでいる私に更に桜子の話は続く。
「質問を変えましょう。草薙さんならどうすると思いますか?」
く、草薙さん?
あのドSの?
うーん、草薙さんならどうするんだろうか?
私が考え込んでいると伸びやかで透き通った声が浴室に響き渡った。
「そんなの決まってるじゃない!」
私と桜子は驚いて湯船から立ち上がった。
浴室の入り口に全裸の草薙さんが仁王立ちしていた。
呆気に取られている私と桜子に草薙さんは言い放った。
「犠牲者は1人も出さない!1000人全員助けるのよ!」
つづく
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