第47話 揺れる大地

 慰労会が終わって数日。


 レオンとの関係も含めて、何も変わらない日々を過ごしていた。


 今のまま、穏やかで平凡な毎日が幸せなのだと。


 私は、ささやかな平穏以外、何も望んでいなかったのに、これ以上の何かを求めるつもりはなかったのに、それは突然だった。


 就寝時間になり、夜着に着替えてベッドの中に入る。


 目を閉じると、今日はやたらと通路から足音が響いていた。


 どことなく、殺気だった空気もある。


 それから、異変を感じた。


 精霊が騒いでいる?


 それを意識すると、急にダイアナの精霊達の気配が遠くに移動したのを感じた。


 その瞬間だった。


 ゴゴゴゴと地鳴りがしたかと思うと、横になっているのに、体を支えていられないほどの揺れに襲われる。


 ベッドの端にしがみつかないと、振り落とされそうなほどだった。


 どこかで建物が壊れていてもおかしくない。


 それほどの揺れ。


 室内の椅子は倒れ、テーブルは暴れているように動いている。


 ダイアナが急にいなくなったから、身動きが取れない精霊達が怒っている。


 この揺れは、その子達の怒りの表れだ。

 

 私についてきた精霊達は、私のすぐそばにいる。


 壊れて無くなりそうなほど揺れ続ける大地を鎮めるために、精霊に願った。


 今だけ、彼女の代わりにこの大陸を支えてあげてと。


 怒り狂う月の子達を宥めてと。


 私の願いを聞いた精霊達が動く。


 地面の揺れはすぐに治めたけど、それも、暫定的だ。


 やはり、異なる大陸で生まれた者には、恒久的にここを支える力はない。


 ここの大陸の精霊を従わせて、加護を与えることはできない。


 とてつもない魔力の消費を感じていた。


 神聖魔法が使えない私は、ただでさえ元々の魔力が少ない。

 

 それが、回復する間もなく消耗している。


 まるで、大地に生命力が丸ごと吸い取られていくかのような。


 冷たい手で、直接心臓を鷲掴みにされたような感覚を受ける。


 でも、危機的な異変は無くなった。


 ホッと息を吐くと、


「シャーロット!!」


 レオンらしくない行動だけど、非常時のためか、部屋に飛び込んできた。


「怪我はないか?」


 夜着姿には構わず、険しい顔で私の状態を確認している。


 手を借りてベッドから降りると、真っ先にそれを尋ねていた。


「私は大丈夫です。でも、ダイアナが、ダイアナは、どこに?」


「シャーロットには分かるんだな。ダイアナ様がいなくなったんだ。侍女がわずかな時間、退室している間に」


 ほんの短時間で、ダイアナは遠くに行ってしまっている。


 ダイアナの意思ではない。


 彼女がこの大陸から連れ出されたら、どうなるか。


 大気の精霊達の存在を確認する。


 彼女の後を追って動いている。


 早くダイアナを連れて帰らなければ、星の精霊達ももたない。


「入るぞ!!レオン、シャーロット、すぐに来い。皇帝が呼んでいる」


 部屋に入って来たレインさんの表情は、レオン以上に険しいものだった。


 ダイアナの事が心配なのは、聞かなくても分かる。


「皇帝陛下が、何故シャーロットを?」


「神官が報告した内容に、シャーロットの名前が出たからだ」


 レオンが、私を見た。


「揺れを鎮めるために、私が精霊にお願いしたから……」


 精霊が視える神官なら、私がした事にも気付くはずだ。


 着替える時間も惜しまれて、夜着の上から上着を着ると、レオンに手を引かれて場所を移動していた。


 皇宮の一室に、多くの人が集められていた。


 その中で被害の報告を一緒に聞いた。


 ほんの少しの時間だったのに、幾つもの地割れが起きていた。


 近隣だけでも、建物だって壊れている。


「今は、シャーロット様に付き添う精霊が、この大陸を支えている状態です」


 神官が皇帝に報告した。


「どれくらい、もつんだ?」


 その言葉は、私に直接向けられる。


「長くは……恒久的なものではありません。いつ、この命が尽きるか、やはりこの大陸では異質なものであって、私が支えることができるのは限定的です」


 レオンが、私を気遣わしげに見た。


 心配をかけているのか、悲愴感すら漂わせている。


 ダイアナはおそらく原初の民の能力によって、一瞬で場所を移動させられたのだと、騎士からの報告がなされた。


 そんなことまでできるのかと驚くけど、できてもおかしな話ではない。


 あの使者の一団の中に、聖女を誘拐したものが混ざっていた可能性もあると。


 皇帝の勅命で、ドールドラン大陸に詳しい騎士が、すぐにでも出立することになった。


 その中には、レオンやレインさんが含まれる。


 レオンが救出に行くのなら、異常気象の影響が一時的に小さくなるはずだから、私もついていきたい思いもあった。


 それを伝えても、もちろんレオンは首を振る。


「ダメだ。ここにいてくれ。ここに、いて欲しい。シャーロットはせめて、何も変わらない生活を送っていてほしい。ダイアナ様は大丈夫だから。すぐに取り戻すから」


 レオンの方が、自分に言い聞かせるように言っているみたいだった。


 ここを離れることの不安もあるから、それ以上、強くは言えない。


 レオン達を見送っても、向かった方向をずっと見つめていた。


 結局、残って、ダイアナの代わりにこの大陸を支える方がいいと判断した。


 向こう側がどんな状況になっているのか分からないのが、心配だ。


 私には祈ることしかできない。


 レオン達の乗る船が無事でありますようにと。


 荒れ狂う海が、その行手を阻むことのないようにと。


 きっと、祈りは届くはずだ。

























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る