第45話 レオンのこだわり
子供服の納品を終えると、張り切りすぎたせいか、暇な時間ができてしまった。
空いた時間で何をしようか、これといって決まらず、とりあえずダイアナに借りた本を読んで過ごしていた。
『聖女の生が終わる寸前に願うことは、主神様に聞き遂げられる。過去に、産後の経過が悪く、早くに亡くなった聖女が、死の間際に大陸の平穏を願った』
それは、聖女らしい聖女の姿で、大陸の崩壊を願う私とは大違いだ。
それから、別の本には世界の始まりについてが書かれてあった。
学者が発表した論文らしいけど、創世の物語のような内容だった。
『神は、二つの大陸を作り、二人の聖女をそれぞれに遣わし、聖女を守る存在として、暁の翼を持つ一族を誕生させた』
世界と人の始まりについて書かれている。
調べたいとか、勉強したいと思って読んだ本ではない。
なんとなく手に取って、なんとなく読んだ本だったから、感想も特になかった。
「創世記はまだ研究段階ではありますが、遺物を調べる限り、ほぼ間違いないようですよ。今度は、衣服のカタログなども持ってきましょうか。そちらの方が、眺めるだけでも楽しそうですね」
ダイアナは、当たり前のように私の部屋で過ごすことが多くなった。
時間が少しでもできれば、やってくる。
くつろいだ様子でここで過ごすダイアナを見れば、聖女として振る舞わなければならない苦労も理解できるから、邪険に扱う気にもならない。
もうすっかりそこに居る事に慣れてしまったと言えるかもしれない。
しばらくして次の予定があるからと、ダイアナ専従の侍女が呼びに来ると、名残惜しそうに去って行った。
静かになった部屋にいる必要もなくなったから、散歩に行って、帰って来てから刺繍のデザインを考えようかなと立ち上がると、ドアがノックされた。
開けると、まずレインさんの姿があって、次に、その隣には無理矢理引っ張ってこられた様子のレオンもいた。
「シャーロット。この前は悪かったな」
「何がでしょうか?」
思いあたることが無い上に、レインさんの顔を見る限り、全く真剣さも感じられない。
言葉だけの謝罪の意味を考えていると、
「確かに邪魔したのは俺だ。だが、その後に仕切り直さなかったのは俺のせいじゃない。おかげで余計なとばっちりもくらった」
「だから、何がでしょうか?」
からかわれているのかとも思えてきた。
「実は、近々騎士団の慰労会があるんだ。レオンが誘わなかったらしいから、俺が責任をとってシャーロットをパートナーとして連れて行くよ」
その言葉の内容を頭で整理する前に、
「それは、ダメだ!」
レオンから腕を引かれていた。
レインさんは、悪戯が成功したような顔でレオンを見ている。
「じゃあ、シャーロットのドレスは、レオンが用意するんだな」
「ドレスを着ていくような場なのですか?」
「ハンカチのお礼がまだだった。シャーロット、早速買いに行こう」
私の疑問は流され、レオンに手を引かれるままに部屋を出ようとすると、
「シャーロット、男が女に服を贈る意味を知っているか?」
レインさんが、そんな事をニヤニヤしながら聞いてきた。
「相手にしなくていい」
結局、その答えを聞く前にレオンと外出し、その勢いのまま初めて訪れるお店に、気後れする間もなく入店していた。
今までドレスを扱うようなお店に縁があったわけでもなく、ただ、デザインや施された刺繍などからは学べるものがあるから、たくさんの興味をひかれていた。
キョロキョロしていると、オーダーメイドなどと恐ろしい言葉が聞こえたから、全力で拒否して、既製品をいくつか見せてもらって、繰り返される試着の最中、私はされるがままだった。
流行りも何もわからないから、選んでもらった方がレオンに迷惑をかけないから確かにいいのだけど、レオンがこんなに拘る人だとは思わなかった。
帝国で流行りのドレスは、膝が少し隠れるほどの長さしかないものが多くて驚きもあった。
平民の普段着ならともかく、王国での貴族のドレスは、足を出すなどもってのほかだ。
何種類ものドレスを着せられて、やっと決まったところで、最後にレオンが上から下まで満足げに見ていた。
でも、ドレスが似合っていると言われても、素直には喜べない。
この体は私のものではないから。
「複雑な気持ちです」
お店を出てからまず言ったことが、それだった。
「そんな事はない。エルナト様の姿でも似合っていると思う。俺は、そのつもりで選んだ」
そう答えるレオンには、ちゃんとお礼は伝えた。
複雑な思いはあっても、人生で初めて着るドレスは、やはりどこか弾む気持ちがあった。
「貴族ではない方々は、どうしているのですか?」
ドレス一式揃えるのは、結構な出費だ。
「貸衣装屋があるから、そこを利用する場合もある」
「じゃあ、私も別にそこで」
「ダメだ。俺が、貴女に贈りたい」
いつかの分厚い具材が挟まれたパンを思い出す。
あれから感じられたような、拒否を認めない並々ならぬ思いがレオンから溢れていた。
「それともう一つ、これを」
私の背後に回ったかと思うと、首に何かをつけられる。
「石言葉は敬愛。ただの口承だけど、贈った相手との絆を繋いでくれるって、ディール家に代々受け継がれてきた物で、上の兄に頼んでネックレスに加工してもらったんだ」
顔を下に向けると、首元に、赤い宝石のネックレスが装着されていた。
「ありがとうございます。パーティーの間だけ、お借りしたいと思います」
「ずっと持っててほしい。だから、今渡したんだ」
「でも、代々受け継がれてきた物ですよね?」
「シャーロットに身につけててもらいたい」
断固としたその勢いに押されて結局返すことも出来ず、宝石は私の首元をずっと飾ったまま慰労会当日を迎えていた。
騎士団が保有する建物のホールが開放されて催されたものは、華やかなものだった。
会場に入ると、レオンは色んな人に声をかけられていたけど、意外なことに、私も多くの御婦人に声をかけられていた。
教会のチャリティーバザーで私が刺繍したハンカチを購入した方々のようで、その出来をたくさん褒められて嬉しかった。
でもさすがに人の多さに疲れてきたころ、レオンに誘われて庭園に連れ出されていた。
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