第41話 イリーナ

 物心が付く頃にはすでに両親とは生き別れており、5歳年上の姉と一緒に、森にほど近い村で大きくなるまではひっそりと人々に紛れて暮らしていた。


 原初の民と呼ばれている一族がいる。


 それが私や姉のことで、背中には能力者の証でもある痣、“暁の翼”を持って生まれてくる。


 私達原初の民は、時代と共にその力を少しずつ失ってきている。


 中には能力を持たない者もいて、普通の人として暮らしている。


 遥か古代には支配者として生きていたはずなのに、だんだんと能力を持たない者が生まれてくると同時に、その地位も失い、今では奴隷狩りに遭う者までいる。


 姉が神聖魔法を習得するきっかけとなったのは、私達家族もその被害に遭い、両親とも離れ離れになり、散り散りになって逃げている時だった。


 その頃はまだ私が歩くのがやっとで、そんな私を連れて逃げてくれた姉は、どれだけ心細かったことか。


 さらには大きな獣に襲われて、私が瀕死の重傷を負ってしまった出来事があった。


 頼る大人がいなかった姉は、異能の力を使って神聖魔法を使える子から、一時的にその能力を


 私と同じくらいの年齢のその子の神聖魔法は強力で、そしてとても特別なものだったそうだ。


 胸を切り裂いていた怪我を一瞬で治すもので、その翌日に姉は借りた魔法を返すつもりだった。


 でもその子はもう何処かへ行ってしまって、返すことは叶わなかった。


 その事を姉はずっと気にしていた。


 だからその子の代わりに人助けになればと、成人してからは治癒が必要な人を無償で癒して回った。


 姉が魔法を使うたびに辺りで星が瞬いてとても綺麗だったから、その魔法がどれだけ特別なものなのかは理解しているつもりだった。


 姉が20歳を過ぎても、とうとう魔法を借りた子は見つからなくて、そしてあの出会いがあった。


 姉が森の中へ木の実を探しに出かけると、怪我をして身動きがとれなくなっている男の人を見つけた。


 姉はすぐさま癒しの魔法を使い、その人を助けた。


 治療を終えて村に連れて来られたその人は礼儀正しく、優しく、姉と仲良く親密になるのにそんなに時間はかからなかった。


 その人は驚くことにこの国の王太子様だったけど、気さくな態度にすっかり心を許してしまい、姉、アリーヤは、求婚されるままにその人について行った。


 それが、愚かな間違いに繋がるとは思わずに。


 私は華美な世界を避けたくて、姉の誘いを断って、一人田舎に残って暮らしていた。


 周りの人達が親切で、幼なじみも様子を見に会いに来てくれるから困ることはなかった。


 王族が簡単に求婚してきたことに心配はしたけど、アリーヤからは幸せそうな手紙がたくさん届いた。


 アリーヤが幸せになれるのなら、それは私にとっても幸せなことだった。


 一つの事実を知るまでは。


 結婚式を執り行うから王都に一度来てと言われたのは、姉が王都に行って一ヶ月が過ぎた頃だ。


 王族との結婚がこんなに早くに決まるものなのかと驚いたけど、姉もいい歳だったから深く考えるのはやめて祝福しようと思った。


 その結婚式の数日前に王都に着くと、ある噂を聞いた。


 王都にいたのは偽物の聖女で、アリーヤが真の聖女だと。


 そんなはずはない。


 お姉ちゃんにを動かす力はない。


 あるのは神聖魔法だけで。


 聖女エルナト様は、神聖魔法が使えないそうだ。


 まさか、と思った。


 お姉ちゃんが魔法を人は、王都にいた聖女様で、その方はお姉ちゃんのせいで投獄された。


 その事をお姉ちゃんは知らないのか、気付かないフリをしているとは思いたくはなかった。


 アリーヤから魔法を奪われた子が、どんな境遇に置かれているのか考えもしなかった。


 神聖魔法が使えない聖女。


 神聖魔法が使える王太子妃。


 目に見える利益、神聖魔法の恩恵に、みな、都合のいいように真実をねじ曲げている。


 私はどうにかしてお姉ちゃんに会おうとした。


 でも門前で追い返されて、城にいるお姉ちゃんに会わせてもらえない。


 そうこうしていると、ニセモノの聖女を処刑する日が決まったと聞いた。


 どうにかしなければと、どこにいるのかも分からない投獄されている聖女様を探して、寝ずに走って、走って、走り回って、群衆の遥か先のあの広場でボロボロにされたあの方を見て、その姿に、罪の深さに恐怖して、私にできることはもう一つしかなかった。


 走るために途中で荷物を投げ捨て、小さなポーチに入っていたペンで、手にメッセージを残す。


“ごめんなさい”


 それ以外の言葉がなかった。


 インクが乾く時間も待てない。


 願った。


 あの方と私の魂を入れ替え、この体をあの方の為に使って欲しいと。


 エルナト様の首に斧が触れた瞬間、エルナト様の体が硬直し、それと同時に大地が慟哭のように揺れた。


 取り返しのつかないことをしたと言うのに、歓喜の咆哮を放つ群衆は、それに気付かずに浮かれている。


 私達が入れ替わったのは、それらと同じ瞬間だった。


 私のしたことが正しいわけではない。


 余計にエルナト様を苦しめるかもしれない。


 私達がエルナト様の人生を滅茶苦茶にしておきながら、まだ役目を果たせと言っているようなものなのに。


 体が入れ替わってしまえば、聖女の力が受け継がれるかも分からないのに。


 世界の終わりをエルナト様に味わせてしまうかもしれないのに。


 それを見届けることもできずに、私は闇の中に沈んでいった。


 お姉ちゃんが幸せだと思い込んでいるその日、お姉ちゃんは愛し合った人と結婚し、エルナト様は処刑された。


 そして、私と言う存在が消えた日でもあった。


 せめて、あの手紙がお姉ちゃんに届くといいな。


 何も知らないまま幸せになんかさせられない。


 お姉ちゃんが元凶であることをまだ知らないのが、悔しくて、悲しかった………


 お姉ちゃんも私も、償わなければならないのだから。



 ごめんなさい。


 ごめんなさい。



 何度謝っても、許されない事だ。


 私を救う為だったと、そんな言い訳もできない。


 エルナト様にだって、エルナト様の魔法で救いたい大切な人がいたかもしれないのに。


 どれだけの罪を犯したのか知ることすらできない。


 本当なら、あの日に消えていた私の命。


 償いにも身代わりにもならない。


 天命というものを、ちゃんと受け入れなければならなかった。























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