第40話 朽ちる体

 腐臭がしている。


 それは、自分の体からだ。


 自分の体から漂う腐臭。


 体が、沼に沈んだように重い。


 足が進まない。


 ぬかるみに、足が絡みとられたかのように動かない。


 どこに向かっていたのか、歩いていたはずなのに。


 ふと、視線を下に向ける。


 両手を見ると、所々に茶色のシミが浮き出てくる。


 それは目に見えて広がっていき、まるで、泥が流れ落ちるように肉が落ち、白い骨が見える。


 たまらず口から悲鳴をあげると、その声の振動で顔の肉までもボロボロと腐り落ちていく。


 窪んだ目からは虫が這い出て、腐敗臭は辺り一面をさらに満たす。


 地面に倒れ込み、その衝撃で、また肉が削げ落ちる。


 腐肉を喰らう鳥が、私の周りに群がり、啄んでいく。


 醜く、惨たらしい死体。









 当然の報いだと、誰かが言う。


























 水の中でもがき苦しむように声が出せず、飛び起きた私の額には、嫌な汗が滲んでいた。


 空気を求め、肩で大きく息をしながら、思わず自分の両手を見る。


 どこにも異常はない。


 あれは、ただの夢だ。


 でもこの体は他人のもので、いつ終わりの時を迎えるのかが分からないのは本当だ。


 ある日突然、元の持ち主に戻るかもしれない。


 その時に私は完全に消えてしまうのか。



『魂を入れ替え、別人に成りすます』



 ダイアナが話した事が思い出される。


 成りすますと言っても、もうエルナトの体は朽ち果ててこの世にはないのだ。


 この体の持ち主がどうなったかだなんて、わかるはずもない。


 この体でいつまで生きている事ができるのか、それすらもわからない。


 この先のことなんか、誰にもわからない。


 “あの日”に大陸の崩壊を願った私が、次に命果てる瞬間には何を思うのか。


 暗がりの中で、再び横になる。


 きっとまたロクな死に方をしないのだろうと漠然と思い、得体の知れない恐怖に、一人震えていた。



















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