第33話 レオンの兄
膝を抱えて、燃え盛る炎を眺めていた。
火のそばにいても寒気がするから、また熱が上がるかもしれない。
「その顔、レオンは見たのか?」
レインさんが言っているのは、皮下出血で醜く変色した顔のことだ。
目が覚めてからは布団をずっとかぶっていたので、色が濃くなってさらに酷くなった顔は見られてはいないとは思うけど、フードを深く被ってレインさんからも隠した。
「おい、なんで返事してくれないんだ。まーだ俺に慣れないのか?付き合いの長さはレオンと一緒だろ」
レオン以外の男の人は、警戒してしまう。
レオンがいればいいけど、レインさんと二人なのが嫌だ。
それを感じ取ったのか、
「おい、俺は喧嘩はするが、女は殴らない。あのクズ達と一緒にするな」
「信用はできません」
簡単に剣を抜いて人を斬るレインさんなら、尚更だ。
「ああ、そうだろうな。本当に、うちのバカ共がすまなかった」
今は火を挟んで向かい合って座っている。
焚き火の炎に照らされたレインさんの顔は真剣そのものだけど、それを素直にすんなりとは聞き入れられない。
レインさんが暴力を振るったあの人達の直接の上司ではなく、立場が上の人だからほんの少しだけ責任を感じているのだろうけど、でも、返事はしなかった。
「レオンから、少しの間シャーロットの護衛を頼まれたばかりだったんだ」
そんな私の態度に構わず話し出す。
「レオンは、どこかに行ったのですか?」
「ダイアナが滞在している所にだ。シャーロットの怪我と熱をよほど心配したんだろうな。先に話をつけに行ったんだ。俺の方は警戒させてしまうから、見つからないように護衛しろって言われたけど、テントに戻る途中でシャーロットが馬に乗ったのを見つけて追いかけてきたってわけだ」
「レインさんも、レオンも、家名持ちだから、聖女様と簡単に会うことができるのですか?」
ダイアナと、簡単に呼び捨てにしているのも気になった。
「まぁ、な。実家の侯爵家がたんまりと教会に寄付していると言えば、察することができるだろ?それと、名前だけで、家のことはあんまり気にするな。俺が貴族に見えるか?」
「見えません。貴方だけは、見えません」
でも、帝国の侯爵家……
その家柄は、想像以上だった。
目の前のこの人が貴族だと言われても納得できないけど、レオンは確かに育ちの良さが垣間見える。
その点で言っても、レオンとレインさんは全く似ていない。
「俺とレオンは、似ていないだろ?」
そのタイミングに、心が読めるのかとちょっと驚いたくらいだ。
「親しくなった奴の大半が思うことだ。レオンは、正確には上の兄の子供だ。つまり、俺の甥っ子だな」
「随分と歳が近いのですね」
「俺と兄貴が離れていたからな」
「それが、どうして兄弟に?」
「レオンが子供の時に両親が死んだから、親父が自分の子として引き取ったんだよ。両親が惨殺されて不憫に思われた子供だったけど、甘えずに真っ直ぐないい子に育ったよ」
レインさんは、サラッと言ったけど、
「惨殺……?」
「簡単に言えば、裏切りだ。目の前で両親を殺されている。幼い子供にとっては酷な体験だっただろうに、あいつは真っ直ぐに育っているだろう?」
聞いたことは、レインさんの口調ほど軽い内容ではない。
「レオンは、ドールドランのロズワンド王国で生まれた。母親があの国の伯爵家出身なんだ。兄貴が向こうに行った時に知り合って、スピード結婚して、そのままレオンが生まれて、7歳になるまであっちにいたんだ」
「では、レオンが7歳の時に?」
「そうだな。要は相続問題だったんだ。レオンの母方の親戚が雇ったならず者に、兄貴達は殺された。王都でお前を襲っていたバカどもみたいな奴らだったな。だから、俺はあの国の連中が嫌いだ」
ここに来るきっかけとなった出来事が思い起こされる。
「レオンから聞いた話だが」
レインさんの話はまだ続いていた。
「その時に、聖女エルナトがレオンを救ってくれたと」
そんな事を教えられても、覚えていない。
それだと、10年程前に私はレオンに会っているってことになるけど、レオンとレインさんは、人違いをしているのではないの?
「俺達は、間に合わなかった。レオンにとって大切なエルナトを永久に失う羽目になって、こっちに戻ってきてからは毎日悔いていたよ」
でも、野営地に戻って来てからのレオンは、
「そんな風には見えませんでした」
「面倒を見なければならない奴がいると、違うもんだろ。だから、お前に何かあったら俺も困るんだ」
いつかの騎士が言ったように、
レオンにとってのエルナトは、代わりがいれば済む程度のものなんだ。
どうしてこんなにもモヤモヤとして、私の気分が悪くならなけらばならないのか。
どうせ私だって覚えていないくらいだから、気にする必要はないのに。
「私がいなくなったところで、レオンは、新しい代わりを見つけるだけでは?」
「そんな単純な話じゃない」
「そうでしょうか?」
結局、目の前に助けが必要な人がいれば、レオンは手を差し伸べて、その人の世話を一生懸命するはずだ。
「で、お前は何で逃げたんだ?」
「…………」
それを尋ねられたところで、答えることは何一つできない。
「まぁ、いいか。ほら、もう寝ろ寝ろ」
レインさんに促されなくても、今から何処かへ逃げるほどの体力はもう残っていなかった。
体が怠くて、息苦しい。
体を預けるように岩に寄りかかると、瞼は自然と閉じられていた。
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