第32話 聖女が来る

 しばらく意識を失っている間、レオンとレインさんが使っているテントで寝かされていたようだ。


 目が覚めると枕元にはレオンが座っており、何度も冷たいタオルを顔にあててくれていた。


 私を見下ろす顔が、今にも泣きそうなのは変わらない。


 ずっとこんな顔のまま、ここにいたのかな。


 殴られた顔が痛む以外は大きな怪我はないようだけど、高熱が出ているせいか、ベッドから起き上がれない。


 覚醒してからは、腫れた顔を見られたくないから、頭から毛布を被って横になっていた。


 そんな私にレオンは優しい。


 しばらく付き添って、看病をしてくれていた。


「聖女を守るって意味を履き違えていた奴らだ。何をしてもそれが免罪符になると思っていたんだからな」


 レオンが気を遣って静かにしてくれているのに、聞きもしていない事を勝手に喋っているのは、レインさんだ。


「ごめん、シャーロット。あんな事は二度と起こさせないから、ここでゆっくり療養して」


 兄弟二人で使うと手狭なテントで、さらに一つしかないベッドを占領しているのは申し訳なかったけど、今は身動きがとれないし、一人でいるのも怖かった。


 あの騎士達は拘束されて、すでにここにはいないそうだ。


 帝都の騎士団本部に送られ、厳しい処罰を受けると、レインさんは言った。


 それを聞いてからしばらくウトウトしていた。


 でも眠りは浅くて、途中で何度も目が覚めてしまう。


 そして、はっきりしない意識の中でそれを感じたのは唐突だった。


 自分とは異なる、でも神に近いような気配の人が、多くの精霊と共にここに近付いてきている。


 感覚が鈍い頭で、何とかそこに集中する。


 これはもう一人の聖女のものだ。


 きっとそうだ。


 でも何でここに?


 ここに来るの?


 このまま私がここにいてはまずい。


「シャーロット、具合はどうだ?」


 そんな私の焦りを知らずに、レオンが声をかけてくる。


 何かを取りに行っていたのか、手にはトレーを持っていた。


「もうすぐダイアナ様がここの野営地を慰問のために訪れるから、シャーロットの傷を癒してもらうように頼むつもりだ。体調もすぐに良くなると思う」


 それを聞いて、布団の中で怯えて震えている私に、気付かれてはいないと思いたい。


「せ、聖女様は、いつ来るのですか?」


「早くても明日のお昼くらいだから。それまでは辛いだろうけど、もう少しだけ頑張って」


 明日のお昼。


 私だって、この時点でダイアナの気配が分かるのだ。


 もう彼女も、私の存在に少なからず疑問を抱いているはずだ。


 私のことがバレたら、帝国に突き出されて何かに利用されるかもしれない。


 最悪、あの大陸に戻されてしまう。


 不安はそれだけではなかった。


 海岸に流れ着いた無数の遺体を、レオン達は見ている。


 私があの大陸を見捨ててここに来たと知れば、レオンだって私を責めるはずだ。


 私が見捨てたせいで、大勢の人間が死んでいると。


 レオン達が、本当は何を考えているかなんて分からない。


 今は親切にしてくれていても、私の本性を知れば、何をされるか。


 レオンの本性を知る事も怖かった。


 だから、私がベッドから抜け出したのは、レオンがテントから出て行った直後のことだった。


 誰も近くにいない事を確認して外套を羽織り、高熱の為にフラつきながらも外に出た。


 外はもう暗い。


 逃げるのなら闇に紛れる今のうちだ。


 どこへ行けばいいかは分からないけど、平原の先にある森に行くつもりだ。


 モフーがくっついてくるけど、構っている時間はない。


 隅に繋がれた馬の一頭にまたがり、できるだけ音を立てないように野営地から離れていた。


 未熟ながらも馬を操り、騎士団の野営地を飛び出してからは平原を抜けて、とにかく木々が隠してくれる所まで走る。


 森の入り口に馬を置いて、今度は自分の足で走っていた。


 馬は賢いから勝手に野営地まで戻るはずだ。


 熱が下がりきっていない体では足取りも重いけど、奥へ奥へと進む。


 でも、足場の悪い暗い夜道を月明かりだけで歩いていたものだから、足元の道が崩れているのに気付かず、大きく踏み外してしまっていた。


 斜面に投げ出された体が傾斜を滑り落ちていくのはあっという間のはずだったのに、大きな手が私の腕を掴むと、傾いた体を誰かに抱きしめられ、そのおかげで痛みを感じる事なく滑り落ちていった。



「生きてるか?」



 ギュッと目を閉じていると、よく聞き慣れた声がした。


 衝撃と共に落ちきった先で、下敷きになって受け止めてくれていたのは、レインさんだった。


 私を抱きしめたまま、斜面を転げ落ちたようだ。


「その体調でふらふらと出歩くな。レオンが泣くから、頼むからそれ以上の怪我だけはしてくれるなよ」


 返事をする時間も与えてもらえずに肩に担ぎあげられたものだから、ジタバタと暴れる。


「離してください」


「ほら、暴れるなって。俺は今ので肋骨を痛めているから、お前が暴れると響く。痛い。死にそうだ」


 それを言われると、大人しくせざるを得ない。


「どこだ、ここ。完全に迷ったな」


 レインさんの視線を追うようにキョロキョロと辺りを見回してみても、暗い森が広がっているだけだ。


 カサカサと、何かの生き物の気配は感じられるけど、人を襲うようなものはいるのかな。


「ウロウロしても仕方がない。一晩ここで過ごすしかないな」


 レインさんは適当に開けた場所をみつけると、そこで私を地面に下ろし、腰を据えるために火を起こしていた。

















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