第50話 宿命と冒険者 3-2

ピタリと全員の動きが止まる。

 声の主は躊躇なく中へ入ってくると、サレナへ伸ばしていた途中の浮いたままな騎士の手を叩いた。

 「まったく、ようやく解放されて急いで来てみれば、随分と変な方向に話が進んでるな。」

 「君は何者かな?」

 「一応は冒険者、見事に依頼を失敗して昇格し損ねた未熟者だ。」

 「ふむ。それでは何がオカシイか、聞いて良いかね?」

 不届き者を一括せんと口を開きかけた騎士を手で制し、レボノが興味深そうに尋ねる。

 「何がって、その娘は法を犯してなんかいないんだから処罰されるわけがないって事だよ。」

 「それは如何なる理屈によってだね? 彼女が殺傷能力のある魔法を町中で使った事も、許可される例外にも当てはまらない事も、まさか知らないわけではないだろうね。」

 「その娘は例外も例外、そもそも今言った法によって裁ける存在じゃない。」

 「どういうことかな?」

 「じゃあ逆に聞くが、どうやって“物”を人の法で裁くんだ?」

 ログの自信満々の返答に騎士が「何をバカな。」と呆れたように、嘲笑うように笑みを浮かべた。

 しかし時が経つにつれ、何かがオカシイと気がつく。

 「あの?」

 思わず声をかける。

 主人は黙ったまま、何かを考えるように真剣な顔つきのままピクリとも動かない。

 そしてその頭の中でも読んだかのようにログは続けた。

 「いくら条文を探しても、何処にも記述は無いはずだぞ。なにしろ“ディクルス”が魔法を使った例なんか今までに一つも存在していなかったからな。それにディクルスに関する法で考えるなら、その扱いは人ではなく物であるのは周知の事実だ。」

 「……確かに君の言う通り。“物”を裁く法律はどこにも存在しないな。勝手に魔法を起動させた魔具と定義しても、その場合の責任は持ち主に帰結する。」

 「レボノ様?!」

 「残念だが彼の言っている事は正しい。この国の何処にもディクルスが魔法を使った場合に対して定めた法律は存在していない。つまり――彼女を裁くという私の判断は見当違いだったというわけだ。」

驚き目を白黒させる騎士に、レボノはどこか楽しそうな声音でハッキリ非を認めた。

 「話が早くて助かるぜ。それで、物という事を認めてもらったうえで一つ、提案がある。」

 「言ってみたまえ。」

 「小僧の褒賞に関してなんだが――。」

 本当ならばそれを決めるのはシュウであり、ログが進めて良い話ではない。

 しかしシュウは任せることにした。

 この状況において、まさか私利私欲のための提案をするわけがないだろう。仮にしたとしても褒賞を受ける張本人がレボノに対して直接否と伝えれば良いだけである。

 故にシュウは黙って続きを聞くことにした。

 「どうせここの持ち主、奴隷商の不正の証拠はもう見つけてるんだろ? つまり法に従って財産の全ては没収となるわけだ、そして没収した物の所有権はお前たち町の管理組織のものになる。」

 「その通りだが――ああ、そういう事か。」

 「褒賞はその中から一つ。」

 いいな? と確認するログにシュウは黙ってうなずいた。

 具体的な内容は言っていない。しかしその“一つ”が何を指しているのかは明白だった。

 「なるほどなるほど。そういう事なら、確かに十分可能だな。」

 クク、とレボノが笑いを漏らした。

 それまでの凍てつくような視線は鳴りを潜め、ただ愉快そうにログを、サレナを、そしてシュウを見る。

 「君はそれで構わないかね?」

 再度確認するようにレボノが尋ね、シュウは頷く。

 「はい。お願いします。」

 了承の意でレボノも頷き、「行くぞ。」とそれまで始めて見た主人の笑顔に驚愕して、口をあんぐり開けたまま硬直していた騎士へと命じる。

 「そういえば、君の名前を聞いていなかったな。」

 開いた入り口、そこでレボノは一度立ち止まった。

 「シュウです。」

 「シュウ君か、君は良い友を持っているな。」

 それだけ言うと、何事も無かったかのように町最高の権力者は出ていった。

 シュウは力なくその場にへたり込む。ただでさえ戦いの疲れがあるというのに、極度の緊張の中で頭を無理に使いすぎた。もう何も考えたくないし、何もしたくない気分だ。

 「おう、お疲れ。」

 何事も無かったかのようにログはシュウの方を叩いて労う。

 先ほどの執政官相手に一歩も引かず、また敬語すらも使わないでいる態度の時も内心思っていたが、随分と太い神経をしているようだ。

 まだ不安そうな顔で視線を泳がせたままのサレナと視線が合った。

 ジッと見つめ合って、ようやく落ち着いたように、安堵したように彼女も体の力を抜く。

 「おいおい、こんな所でそういう空気作るのやめてくれ。俺が気まずい。」

 「な、何を言っているんですか!」

 「ちょっとした冗談だ。ムキになるなよ。」

 「あの、一つお尋ねしたいことが。」

 睨むシュウに飄々と返すログ。二人の間に割って入るようにサレナが恐る恐る手を上げた。

 「昇格に失敗した、というのは?」

 「あ、あー。まあ、お前たちには迷惑をかけたな。」

 「え?」

 「色々あったんだよこっちも。」

 何やら隠している様子でログはサレナの透き通った瞳を避けるように顔を逸らせる。

 どういう事だろうか?

 そう訝し気に思っていると、聞きなれた明るい声が飛び込んでくる。

 「二人ともお疲れ様! あ、ログさん帰って来てたんですか? 相変わらず早いですね。……あ、そうだ! 頼まれていた仕事ちゃんとしましたので、存分に褒めてください!」

 「仕事? 頼まれていた?」

 「そうそう二人の戦いをモゴ?!」

 ログは慌てた様子でニナナの口を塞いだ。塞いだが、重要な部分は既に聞こえている。

 これは今一度、目的や真意を確かめる必要がありそうだ。

 「ログさん、いったい何を企んで――。」

 「よしクリュス、よろしく頼む。」

 シュウの問いかけの最中、一言いうと途端に忽然とその姿は消える。

 姿が見えないと思っていたがあの少女もこの近くにいたのだろう。

 見事に逃げられてしまったが、今は気にしない事にした。

 これからいくらでも時間はあるのだから。

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