第48話 宿命と冒険者 2-3

 シュウはへたり込むように腰を落とした。

 硬く荒れた地面は痛かったが、今はそんな事を気にすることができるような状態ではない。

 咳き込むとともに血を吐き、無理に空気を入れる事でまだ腹が潰れてはいない事を痛みと共に確信する。

 魔物は、その背中に白き剣を突き立てられたままピクリとも動かない。

 その目に明かりが最早存在しない事が、この戦いにおける勝者がどちらであるかを如実に物語っていた。

 「シュウさん、ご無事ですか?!」

 ピョンピョンと屋根から器用に崩れかけの壁や足場を跳んでサレナが降りてくる。

 「ああ、大丈夫だよ。」

 「でも凄い血が!」

 「このくらいなら死なないから、だから大丈夫だって。泣かなくていいよ。」

 むしろ、あれほどの実力差があってこの程度で済んだのは奇跡と言って良い。

 あの重さをまったく無視する反則気味な武器を使って、サレナの力を借りた奇襲を行って、ようやく傷だらけで本調子とは程遠い相手に辛勝。

 「こんな事なら才能だのなんだの言わずに、もっと剣術の練習をしておくべきだったな。」

 いや、今からでもきっと遅くないか。

 ボンヤリ考える。

 指導役は誰がいいだろう。

 ギルドに適任は沢山いそうだが、ログは剣術など得意だろうか。今度聞いてみよう。

 次から次にやりたいことが思いつく。

 死地を乗り越えると人間は貪欲になるみたいだ。


 「いやぁ、おめでとう!」


 空から唐突に降りてきた声。

 それは最近何度も聞いていた明るい声。

 ニッコリと笑みを浮かべたまま異形の手足を持つ一人の少女が頭上より天使のように舞い降りてきた。

 「ニナさん?! どうしてここに……。」

 「それは、うーん。何といえばいいか……、実は一つほど頼まれごとがあって、君たちの戦いをずっと上から眺めていたんだよ。」

 なるほど、ずっと眺めて――。

 「……ずっと?」

 「ああ怒らないでね! これも最終的には君たちの為だし、勿論危ないと判断すればすぐに助けに降りて来るつもりでいたから。本当だぞ!」

 「いや、誰も嘘だなんて言ってませんよ。」

 「本当かい? でも、それはそれで……信用は嬉しいけど……ちょっと不用心というか、警戒が弱くて心配というか……。」

 なんとも嬉しいような困ったような顔でニナナは頭を掻いた。

 そう言えば今の彼女は手袋も靴も身に着けていない。

 それはつまり、本当に戦うつもりでいたという事を証明しているように思えた。

 「それにしても中々に見ごたえのある戦いだったよ? 最初、シュウ君が吹っ飛ばされて気を失っちゃった時は助けに行った方が良いかと思ったんだけど、きみ! そう君だよ。凄いねあの魔法? なのかな? あれどうやったの? 私にもできるかな?」

 いったいどれほど前から見ていたのだろう。

 そんな疑問も、急に話を振られて困惑しているサレナとのやり取りを見ていると、何だがどうでもよくなる。

 いずれにしても戦いは終わったのだ。

 これでようやく一安心――。


 影。


 何か大きなものを振り上げる巨大な影があった。

 赤く燃える光の目を煌々と輝かせた影が。

 誰も気がついていない。

 間に合わない。

 最後の最後で、やらせるわけにはいかない。

 咄嗟に手を伸ばす。

 間に合ってくれ!

 「大丈夫だよ。」

 声が聞こえた。

 獲物が無慈悲に振り下ろされて――。


 「まったく、その執念は評価するけど空気くらいは呼んで欲しいな。」

 巨大な斧が、容易く世界を両断する斧がいともたやすく受け止められる。

 武器すら持っていない異形の手が刃を掴み、衝撃が風となってシュウたちの横を通り過ぎていった。

 「君は負けた。シュウ君が勝った。それで終わりだ。大人しくそのまま眠ってしまえば良かったのに。知ってた? 私はね、せっかくのお祝いのムードを壊されるの、大っ嫌いなんだぜ?」

 魔物は動揺している。

 そのわけは必死に斧の柄を持ったまま暴れる姿から理解する。

 斧はピクリとも動かない。アレほどの膂力を誇った魔物の力をもってしても、不意の一撃を受け止めたその小さな手から主導権を奪い返すことが叶わないのだ。

 ギリギリと斧に爪が食い込んでいく。

 アレほどの打ち合いを、クリュスから借りた未知の剣とおこなってなお刃毀れ一つなかった斧に。

 「悪いけど、今は君に付き合ってあげられる気分じゃないんだ。」

 ――じゃあね。

 光が、世界を白く染め上げて光が弾けた。

 本来、空からしか聞こえないはずの唸るような轟音が、爆発に似た波動が音と共に突き抜けていく。

 何が起きたのか。眩んだ目がようやく戻ってくる頃、肉の焦げる臭いとバチバチと未だ残る弾けた光の残滓が魔物だったものから湧き出しては弾け消えていく様を視認する。

 「さて、これから忙しくなるよ。」

 軽々と斧を放り投げニナナは何事も無かったかのように笑顔で言った。

 まったく、自分の回りの人達は謎だらけだ。

 ほんの少し怖いと思いながらシュウは先を歩くニナナに付いて行く。

 サレナと同じ、引きつった笑みを浮かべたまま。

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