第13話 転生者と奴隷少女 2-2

 シュウは飛び起きた。

 息は荒く、体中はぐっしょりと嫌な汗でびしょ濡れだ。

 閉じた木窓の隙間から部屋の中に入ってくる光から、既に朝日が昇っている事を知る。

 深呼吸し、乱れた呼吸を落ち着けてから再び横になったが眠気はまったく訪れない。

 とても嫌な夢を見た気がする。しかし何を見たのかまでは思い出せなかった。

 今日で三日連続、夜中に起きだすこともあり中々体の疲れが抜けない。あまり続くようならログたちに相談をした方が良いのだろうが、……今はできない。

 奴隷の事で言い合いになってから、気まずさもあって一言も言葉を交わせていなかった。

 向こうも気を使っているようで無理に声をかけないようにしているようで、朝食や出かける時に顔を合わせた時ですら、互いに一言も発せていない。

 そんな状態で体調の話を切り出すのは気が引けた。

 ウダウダと晴れない気分のまま暫しベッドの上で悩んでみたが、耐えられなくなり立ち上がる。

 寝間着から普段着へと着替えて部屋を出た。

 「あ……。」

 扉を開けるとちょうど目の前をクリュスが通っており顔を合わせた。

 何を言えばよいか困る。

 そう躊躇している間にクリュスは首を傾げただけで通り過ぎて行ってしまった。

 彼女だけは問題の前も後も変わらない。シュウに無関心で、必要と判断した時だけ口を開いて必要な事を話す。その目も、表情も、態度も、何一つとしてシュウの知っているクリュスと変わったところは無かった。

 「……相談すれば良かったかな。」

 おそらくは掃除のためにシュウの隣の部屋に入って行った後でボソリと口から洩れる。

 今から相談に向かう事も出来るはずなのが、気を逃してしまったような気がして結局隣の部屋へ入っていく事は出来なかった。

 仕事の邪魔になるだろうし、と自分に言い聞かせながらシュウは階段を降りる。

 借りた部屋は邸の玄関から一直線先にある階段の上、登った先の二階で一番階段から離れた端っこの突き当りにある。他の部屋に比べて少し手狭になっており、そのため気持ち程度だが値段が割安になっていた。もっともタルミナ邸の部屋の値段は町の一般的な宿やギルドの経営する共用住宅と比較しても破格の値段であるため、本来なら気にするような差でもない。

 玄関まで来てもログに出会う事は無かった。

 どうにも、この時間帯では林の整備や道に出る魔物の駆除などを行っている事が多く宿の対応をクリュスに任せっきりらしい。魔物や強盗などが来たらどうするつもりなのか、とその不用心さは時々心配になる。

 今は自分も泊っているのだから他人事ではないな、と自嘲気味に笑った。

 外は非常によく晴れていた。

 宿の前にログが作ったと言う道は凹凸の無い剥き出しの地面で、いつでも馬車が通れるように整備しているらしいが、彼が肝心なことを一つ見落としていることに最近気が付いた。林の外まで伸びるこの道は、よく商人や冒険者たちの使っている街道までは伸びていないのだ。

 そのため、この道に辿り着くまでには一度何の整備もされていない草地を通る必要があり、当然ながら馬車がそんな場所を突っ切って来られるわけがないのである。

 草地を抜ければ見慣れた、利用する多くの人々の足によって岩石のように頑丈に踏み均された広い街道に出る。最初に見た時は大型車がすれ違えるほどの幅を持つ事にとても驚くと共に、人の足はここまで強い道を作れるのだと感慨深かった。

 夜は魔物たちが活発になることから、余程の理由が無ければ人気の無くなる街道ではあるが日が登れば即座に多くの人が忽然とどこからか現れる。

 シュウが街まで歩いて向かっている間、最初は一人二人しか見かけなかったはずの道には今や行列が出来上がるほどに数が増え、様々な恰好の人々が賑やかに行きかっていた。この世界には魔法と言う不思議な力があるのは目の当たりにしているが、この光景の方がずっと魔法らしい。

 町に着いてからはいつものように検問所をとおるのだが、これは冒険者であることを示す銀のタグを首から下げているためか非常に楽になった。

 何しろ一つ目は身内が行っている事もあって、よほど変な荷物でも持っていない限りは一瞬で審査が終わる。その先の兵士たちの検問所の方はしっかり検査を行われるが、荷物は全て異空間に格納している事もあって調べられる量は非常に少ないので短時間で終わる。

 シュウはいつものようにギルドへ向かった

 適当に受付けへ挨拶し、張り出されている紙などを見て今日はどの依頼を受けようかと考える。

 冒険者は冒険を主とするべきだという意見もあるが、これほど同業者の増えた世の中で未開の地と呼べる残された場所は非常に少ない。また、そもそも冒険には膨大なお金が必要になる事から貯金を貯める必要があるので、半ば慈善事業と呼べなくもない依頼をこなすのは当然なのだ。

 依頼の受諾はギルド側から直接要請されない限り早い者勝ちであり、また同じ人ばかりが美味しい思いをしないように張り出し時間が不確定となっている。そのため“美味しい”依頼を受けられるかは運の要素がとても強くなっていた。

 今はすっかり良い依頼を取りつくされた後のようで、見たところ目ぼしい依頼は一つも無い。

 一見すると良さげに見えるものもあるが、〈うちの子と一日遊んで欲しい。〉〈ペットの散歩を代わりに。〉〈買い物の荷物持ちを。〉などなどは、小さく端にとんでもない事が書かれている場合がある。

 例えば一つ目、うちの子というのは人ではなく一軒家くらいある大型の魔物と書かれていた。

 二つ目のペットの散歩のペットとは依頼主本人であり、引き受けたら暫く変な噂が流れることに成るだろう。

 三つ目に至っては買い物の場所がダラスから一月はかかる遠方だ。

 こういった依頼は新人が半ば騙されて引き受け痛い目をみるのだと、初めて仕事を引き受ける際にログが教えてくれた。もし知らなかったら今頃はどこで何をさせられていたか、想像しただけで体が震える。

 そうした悪質な依頼を除いてみて、目ぼしい依頼は一つも見当たらない。

 「あ、シュウさん。」

 声をかけてきたのは普段受付けをしている女性の一人で、シュウの冒険者生活のアドバイザー、クリミナだ。

 なりたての冒険者には、知らない事や困る事が多いだろうというギルドの判断でサポート役が一人に一人割り当てられるという。この関係は永遠というわけではなく一定期間が過ぎれば終わるのだが、実はギルドを通して個人的に契約したり特例が認められれば以降もアドバイザーや相談役として助言を求めることができるそうだ。

 基本的に契約にはお金がかかるが、ログとアイシャのような特例の場合だとお金は発生しないらしい。

 先ほどクリミナを受付けで見かけなかったのは恐らく奥の部屋で仕事をしていたのだろう。

 「あの、何か既に依頼を受けてしまいましたか?」

 「いいえ、まだですが。どうして?」

 「良い依頼があるんですよ。」

 そう言ってクリミナは持っていた紙束から一枚を抜き出してシュウに差し出した。

 「……湖の水質調査?」

 「ええ。少し遠い場所にあるオルディア湖という名前の所で、近隣の村々が水を引いて使っている大事な湖です。水質が良くて近くを通る冒険者や商人たちも度々利用するのですが、最近水の味が落ちたという話が村の一つからありまして。何か危険な物質が流れ込んでいると一大事ですから調査をする運びとなりました。」

 「魔物とかの仕業ではないんですか?」

 「村の方々の報告によると怪しい影を見かけたという噂はありますが、魔物を見たとか襲われたという話は一つもありませんでした。なので心配はそれほど必要無いと思います。」

 改めて依頼内容を読む。

やることは非常に簡単で調査に使う道具も用意して貰える。それと報酬が中々に良い。

 村々が共同してお金を出しているからでもあるが、それだけそこに住み人々にとって重要な事なのだろう。

 「分かりました。その依頼引き受けます。」

 シュウは笑顔で答えた。

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