第5話 冒険者と転生者 2-2
「――少々取り乱しました。まさかこの量の多重魔法障壁を全て無視して転移されるとは思っておらず。」
「えっと、はい……お疲れさまです…………。」
すました顔でシュウの向かいに座る姿は一種の芸術作品のようで、先ほどまでの光景は白昼夢か幻を見ていたのではないかと自分の記憶を疑いたくなる。
「それで冒険者志望という事でしたが、実力を示す客観的な資料などはありますか?」
「持っていません。」
まさか無ければダメなのだろうか。
その不安は杞憂だった。
「そうですか。では加入のためには試験の方を受けていただく必要があります。」
「試験……ですか?」
「はい。一昔前までは誰でも気軽に加入という事も出来ましたが、おかげで実力も覚悟も何もない冒険者と呼べない意識だけ高い冒険者未満が増えてしまった事がありまして。信用回復と活動中の死傷者を減らすために必ず素質を見極めるよう今は定められているのです。」
流行りに乗っかってなって見たけど、結果として使い物にならなかった者たちが随分と沢山いたようだ。重々しい溜息が想像を絶するほどに酷かったこと暗に告げていた。
「そうでしたか。……じゃあすぐにでもお願いします。」
「……え? よ、宜しいのですか? 事前の準備などは?」
「善は急げとも言いますし、僕には準備ができるほどお金も伝手もまだありませんから。」
唯一頼れそうなログたちの姿も、もうここにはない。
探そうにも手掛かりなど当然あるわけもないし、この町の地理だって全く知らないのだから潔く当たって砕けるしかないだろう。
「装備や道具も最低限の物しかコチラでは用意しませんよ? 本当に宜しいのですね?」
「はい。それで構いません。」
釈然としない顔ながらも女性は頷く。そして非常にまじめな顔で何かを考え出した。
案内を買って出たのは立ち直った男たちの一人、名前はガロンで――あの女性はアイシャと言う名前らしい――普段は荒くれ者たちが施設内で乱闘や、主に受付けの女性などに手を出さないように目を光らせるのが仕事だそうだ。
元々は冒険者としてそれなりに活躍した身であり、身の回りや譲れない事情、安全な道に進みたいという思いから引退した者たちがそのままギルドに採用されているとのことだった。
「知ってるか? お前さんみたいに何も用意せずいきなり試験に挑むなんて言った奴は長い冒険者ギルドの歴史でも、たった一人しかいないんだぜ。」
街から西に三十分ほどの岩場まで案内したガロンは唐突にそう教えてくれた。
まだまだ太陽は高く、今くらいが最も熱い時間のはずだが不思議と岩場は涼しい風が通り抜けている。
「そうなんですか?」
「ああ、恐れ知らずっていうか何というか。まあ結果的にそいつは周囲の予想を裏切り続けて伝説の英雄なんて呼ばれるようになってな。最終的にはどっか遠くの国のお姫様と結ばれたって話しもあるぜ。」
「まるでお伽噺ですね。」
「おいおい、他人事じゃねえだろ?」
「え?」
「上が何を考えているのか俺にはサッパリだが、お前さんはどうにも普通じゃないって俺の勘が言っている。きっとこの難題もどうにかして見せるだろう、てな。」
何の話をしている?
「期待しているぜ? これを“伝説の勇者と同じように切り抜けて見せるのか”を。」
「それは、どういう――。」
さあ着いたぞ。シュウの言葉を遮るように告げられた声。
ゴツゴツとした足場と谷底のような切り立った岩々の壁に挟まれた道の終わりが見える。
先は均したかのように平ら、磨いたかのように滑らか、人の手が入っている雰囲気はどこにも無いにもかかわらず、しかし自然の手によるものとも考えられない精巧な形。
なべ底と言うには壮大な、旅の終わりにしては素っ気ない一つの舞台がそこに広がっていた。
キラキラと星空のように光を跳ね返し瞬く地面と、それを囲って円を作る切り立った壁は僅かに傾いており下辺よりも上辺の方が微妙に広くなっているようだ。
「俺が案内できるのはここまでだ。」
ガロンはそう言ってから顎をしゃくる。
そちらの方に視線を向けると布の被せられた大きな木箱がいくつか置かれていた。
「これは?」
「聞いてないのか? 最低限の装備は用意してくれるって言ってただろ。」
バサリと取り払われた布の下にあったのは数々の武具。
剣、短剣、長剣、槍、突撃槍、弓、石弓、棍棒、斧、鉄槌、杖、朝星棒、短筒、大筒、鎌、鎖、鉤爪、小盾、手盾、大盾、壁盾、皮鎧、鉄鎧、全身鎧、籠手、手甲、具足、鉄靴、兜、面頬――。
武具とはかくも多岐にわたり用途用法の異なる物が存在するのかと感心するほどに、箱の中には多岐にわたる様々な物が詰め込まれていた。
「こんなに沢山、良いんですか?」
「ああ、好きな物を使っていいそうだ。まあ基本的にどれもこれも安物な上に駆け出しどもに支給してるやつの余りだけどな。まあその辺の魔物やら魔獣やらを相手にするには十分な性能だから安心してくれ。」
「ちなみに数に制限などは?」
「数? いや聞いてないが、まあ好きなだけ使っていいんじゃないか?」
心配が無いと言えばうそになる。
しかし余程の相手でない限り“その条件なら勝てる”と絶対の自信が胸のうちに湧き上がった。
「分かりました。ありがとうございます。」
ニッコリと笑みを浮かべてシュウは心からの言葉を伝える。
そして次に起きた事をガロンはただ唖然とした間抜けな顔で、文字通り口を開けたまま見ているしかなかった。
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