第2話

 放課後、将棋部の部室、三人で活動中。


「うう・・・姉さんに勝てない・・・。」


 妹さんは頭を抱えていた。目の前には対局後の将棋盤、そして、優雅に本を読む先輩。


「どれどれ・・・おおう・・・これは。」


 僕は、手にしていた詰将棋の本を傍らに置き、将棋盤を覗き込んだ。


 ・・・すがすがしいほどにぼろ負けだった。


「先輩の将棋って、相手に何もさせないイメージがありますね。」


 いわゆる、負けない将棋というやつだ。自分が少しでも危ない状況になる可能性があるならば、その芽を早めに摘み取っていく将棋。別名、人に嫌われる将棋。


「・・・そんなことは無いと思うけどね。」


 本から顔を上げず、先輩は答える。本を読んでいても、しっかりとこちらの会話には耳を傾けてくれているのだ。


「こうなったら仕方ない。後輩君!」


「・・・何ですか?」


「合宿計画を立てよう!!」


 ・・・この人は、また訳の分からないことを・・・。


「合宿って・・・何するんですか?」


 とりあえず、話は合わせておく。そうしなければ、後が大変だ。以前、訳の分からないことを言い続ける妹さんを無視していたら、いつの間にか、妹さんは、部室の隅で体育座りをしていたのだ。あの時、先輩にあきれられながら、必死に謝り倒したことは、今やいい思い出である。


「そりゃ、もちろん、姉さんを倒すために将棋の特訓したり、遊んだり、ご飯食べたり、遊んだり、遊んだり・・・。」


「とにかく遊びたいんですね。」


 どれだけ『遊んだり』を繰り返すのか。


「ふっ、分かってるじゃないか、後輩君。さすがは愛しの姉さんの後輩。」


 ドヤ顔の妹さんがそこにいた。・・・何だろう、無性に腹が立ってきたぞ。


「・・・でも、合宿場所とかどうするんです?学校なら許可がいりますけど、理由が・・・。」


 さすがに、遊びたいという理由で合宿をするのは許されないだろう。数日後に大きな大会があるとかなら、理由をでっちあげることも可能だが、少なくとも、僕たちが出場する大きな大会は、まだまだ先のことだ。


「・・・・・・合宿場所・・・・・・そうだ!」


 妹さんがにやりと笑う。・・・嫌な予感。


「私の家とかどう?」


 妹さんの言葉に合わせて、バサリ、という音が響く。音のした方を見ると、先輩が本を落としていた。


「・・・いや、いやいやいや。」


 さすがにまずいだろう、それは。


「・・・あなたは突然何を言い出すの?」


 本を拾いながら妹さんを睨みつける先輩。普段あまり動揺する姿を見せない先輩が動揺している姿と言うのは、何だか新鮮だ。


「え~。いい案だと思うんだけどなあ・・・。」


 むう、と口をとがらせる妹さん。先輩は、そんな妹さんに文句を言おうと口を開く。どうぞ、言ってやってください。


「あなた、自分の家だと気が弛んでだらだらしちゃうでしょ。そんな状態で、将棋の特訓なんて、私は反対。」


 ・・・あれ?何かがおかしいぞ。


「う~ん、そっか~。そうだよね~。」


「そうそう。」


 うんうんと頷く先輩。これが、姉としての威厳・・・ってそうではなくて。


「あ、あの・・・先輩?・・・問題はそこではなくてですね・・・男の僕が、先輩と妹さんの家に行くというのが、問題なわけでして・・・。」


「・・・?」


 首を傾げる先輩。


 え~・・・。


 それから、先輩と妹さんは、合宿場所についていろいろと案を出していた。話す二人をよそに、僕は、窓からベランダに出た。風が、優しく僕の頬をなでる。遠くから、学生たちのきゃっきゃという笑い声が聞こえてくる。


 ・・・・・・僕、男として見られてないのかなあ・・・・・・。




 今日の将棋部活動日誌

・合宿計画


 ・・・・・・なんか、すごく落ち込んだ。

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