王家の印章


「おい! 丸腰の女性に対して剣を振るうのは駄目だろう!」

「知るかよ! どうせ平民なんだろう。なら死んでも問題ない!!」


 必要以上に煽った私がいけないのだけど、何の躊躇いもなく剣を振るうのは問題ね。しかも、これを見ていた他の騎士も止めるような素振そぶりは一切ないし、これだと全体的に騎士の質は低そうね。


「ロイド。別に受けてくれなくても良かったのだけど」

「え!? いや、そうだったとしてもさすがに何もしないのは問題があるよね!?」


 あーまあ、そうか。見た目的には騎士に襲われている女だから、結果的に問題なくても何もしないのは良く見えないわね。


「おい! これは何の騒ぎだ!」


 この馬鹿騎士が剣を抜いてから周りに居た住民も悲鳴を上げて逃げて行っているのよね。たぶん普段からこう言うことをしていると言うことなのだろうけど、その悲鳴のせいでギルド長が出て来てしまった。

 いや、別に私たちには何の問題もないのだけどね。


「ああ! 何だよ、てめぇは!」

「私は傭兵ギルドのギルド長をしている者だ」

「関係ない奴は出てくんじゃねぇよ!」


 いや、ギルドの目の前で揉めているのだから、おそらく関係者の括りには入ると思うわよ?


「それで、ロイド、レイア。これはどういう事だ?」

「無視してんじゃねぇよ!!」


 ギルド長は早々に馬鹿騎士では話にならないと判断したのか、荒ぶっている馬鹿騎士を無視して私たちに声を掛けて来た。


「簡単に言うと、ギルドを出たところでロイドがこの騎士に絡まれた。そして言い合いになって、と言った感じかしら」

「なるほど、またか」


 明らかに呆れた表情でギルド長がそう声を漏らした。

 ああ、騎士団はいつも似たようなことをやっているのか。


「すいません。こいつはもう引っ張っていきますんで」


 いつの間にか近づいて来ていた別の騎士が馬鹿騎士の鎧の端を掴んでこれ以上、こちらに来られない様に制止していた。たぶん、ギルド長が侯爵であることを知っているのだろう。


「やめろ! このまま平民に馬鹿にされたまま引き下がれるかよ!」

「どう言うことだ?」


 馬鹿騎士の言葉を聞いてギルド長が私の方を向いた。


「まあ、こちらを馬鹿にした物言いをしてきたので、やり返しただけです」

「そうか」


 ああ、ギルド長が頭を抱えているような気配がするわ。実際には眉をひそめただけだけれど。


「貴族に対してあの言葉は問題がある。故にこの平民に対しての罰が必要です。ですからギルド長、この平民に対して行うことは目をつむっていただけませんか?」


 ん? 馬鹿騎士を抑えている騎士も大分おかしな思考をしているな。そもそも、この国はもう貴族第一主義ではないのだから、平民に対してもそう簡単に処罰とかを与えることは出来ないと思うのだけど。


「それは出来ない。それを見逃すのは現王政に対する忠義を捨てると同義だ」

「ですが、このまま見逃すのは貴族の立場を悪くしてしまうでしょうに」

「駄目だ」


 面倒臭いわね。やっぱり大半の貴族って未だに貴族第一主義の考えのままなのね。


 あ、そう言えばあの契約の手続きの時に国王から渡されたものがあったわね。それを出せばたぶん直ぐに終わるでしょう。


「ギルド長、これを」


 そう言って私は空間魔法でしまっていたある物をギルド長に見せた。


「何だ? これがどうし……ちょっと待て! これは本物か!?」

「本物ですよ」

「すまない。少しじっくり見せてくれ」

「どうぞ。盗まないでくださいね」

「そんなことはしない!」


 言葉がおかしい気もするけれど、焦ったような表情のギルド長は私が見せた物を受け取って真剣な表情でそれを見ていた。そして、それが本物であると確信したのか、納得したような面持ちで返してきた。


「確かに本物だ。しかし、レイアと言う名前にどこか聞き覚えがあると思ったらまさかな」

「おや、意外と有名でしたか」


 私の名前は隣国まで伝わっていたようだ。まあ、王族の婚約者だったからおかしくはないのだけどね。それだったら何でロイドの症状に関しての情報が、殆ど広まっていなかったのかが気になるけれど。


「ああ、さすがに隣国の王子の婚約者だから貴族としては知らない訳にはいかないだろう? まあ、婚約自体は破棄されたようだがな」

「まあ、そうですね」

「え?」


 ロイドがギルド長の言葉を聞いて変な声を出した。

 あ、そう言えばロイドにそのことを一切話していなかったわね。まあ、あまり言いたくなかったと言うのもあるけれど、もうちょっと親密な関係になってから言おうとは思っていたのよ。半分くらい忘れていたのだけどね?


「ギルド長。それが何かを説明してもらっても良いですか?」

「ああ、そうだな。言っておいた方が良いだろうな。これは隣国の国王より授けられた印章だ」

「印章?」

「この印章を持っている者は王族と同等の立場として扱え、と言うのを示すものだ。ここまで言えばわかるか?」

「何がでしょう」

「お前たちが手を出そうとした相手は、実質王族だと言うことだ」

「いや、そいつは平民でしょう?」


 え? ここまでギルド長に言われているのに理解しないの? いえ、もしかして理解したくないのかしら。


「はぁ、これは王宮の上層部に騎士団の掃除を頼まなければならないな。まさかこうまで言って理解しないとは」

「馬鹿にしているのですか!」

「ああ、そうだよ」


 おおう。予想外にギルド長から低い声が漏れたな。これは明らかに怒っているわね。と言うかこの騎士、ギルド長のこの声を聴いて畏縮しているのだけど、これで騎士としてやっていけていたのかしら。


「理解していないようだからもう一度言うが、この印章を所持している者は後ろに隣国の国王が付いていると言うことを示すものだ。これを持っている者を害する、と言うことは隣国に対して戦争を仕掛けるのと同義なのだよ! 理解したか!?」

「ひぇっ!?」


 いや、もう騎士たち全員畏縮しているのだけど、しっかりと理解しているかがわからないわね。少なくともギルド長に対してはもう逆らわないと思うけれど。


「お前たちはもう宿舎に帰れ。ここに居ても時間の無駄だろう? これに関する上への報告は私がしておく」


 ギルド長はそう言って騎士たちをこの場から排除した。


「すまないが、レイア殿。この後、ギルドの中で話がしたいのですが、時間は大丈夫ですか?」


 うぅむ、ギルド長の態度が変わっているわ。元のままで良いのに。これじゃあ、少しやりづらいわね。


「時間が掛からないならいいわ」

「ああ、そんなに時間は掛からないと思います」


 あ、ロイドがどうしたらいいか戸惑っているわね。


「ロイドも一緒で大丈夫かしら?」

「問題ありませんよ」

「なら、ロイド行きましょう」

「え? えぇ?」


 そうして私たちは出て来たばかりのギルドに戻ることになった。

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