今後の予定はロイドの教師

 

「いや、まだしっかりお礼を言っていなかったな、と思って」


 緊張が一気に解ける。ついでに期待で高まっていた気持ちも冷める。

 まあ、そうよね。そういう物よね。うん、わかってはいた。ただ、わかっていても期待してしまう物なのよ。


「…それは、さっき言ってくれたと思うけど?」

「さっきは一言だけだっただろう? それにその後に、あぁその」


 私の欲しい発言を思い出したのか、ロイドの挙動が少しぎこちなくなった。


「あれは本当にごめんなさい。ちょっと気が急いてしまって、思いがそのまま出てしまったのよ」

「ちょっと?」

「ちょっとよ」


 ロイド的には、あれはかなり追い詰められた感じだったのかしらね? 私的にはそこまでじゃなかったのだけど。


「はは、なるほど。君も俺と同じであまり異性慣れはしていないのか。まあ、君の場合は対応の加減が慣れていないと言うだけで、俺みたいにどうしていいのかわからなくなる訳ではないようだけど」


 うっ。確かにそうよ。あまり男慣れ、と言うと何か嫌な感じだけどそう言うのはあまり上手くはないわ。そもそも今まで王子の婚約者をしていたから、他の男と関わるようなことは少なかったし、周りに居たのも貴族第一主義の男ばかりだったから近づいてすら来なかったと言うのもあるけど。


 要するに、男性に対してどこまでやっていいのかの加減がわからないのよ。さっきみたいにロイドに引かれるようなことはしたくないのだけど。


「ま…まあ、そうね」

「…と言うことは、君も貴族の関係者か何か……、いやすまない。これは聞くべきじゃないよな」

「ああ、別に気にしないでいいわよ。確かに関係者ではあったけど、今は関係ないしね」


 一応この前まで養子だったとは言え貴族だったけど、今はそうではないし気にしたところで意味もない。だから、過去より先のことを考えた方が良いでしょう?


「気にしないのならありがたいけど、とりあえず先にしっかり礼は言っておこう」

「別にいいのに」

「いや、こう言うのはしっかり言っておかないと、後々後悔することになるかもしれないからさ。だから、ありがとう。君のおかげで長年持っていた劣等感を払拭できそうだ。周りからどう言われようがあまり気にはならないのだけど、どうしても同じ家族なのに俺だけ魔力が低いと言うのに引け目を感じていたんだ」

「それは良かったわ」

「ああ。それにどうしてだったのかの理由もわかったし、本当に感謝しかない」


 ふむ、これは家族間でもいろいろあったのかしらね? 家を追い出されているし、たぶんずっといい扱いはされていなかったでしょうから相当苦労していそうね。


「あれ、意外と知られていないのかしらね? 隣の国だとそれなりに有名な症状なのだけど」

「今まで聞いたことが無かったから、おそらく殆ど知られていないと思う。ギルド長も知らなかったみたいだし」

「あぁ、確かにそうね」


 そこそこ情報が集まって来るだろう傭兵ギルドの長ですら知らなかったのだから、あまり知られていなくてもおかしくないわね。


「そう言えば、貴方。まともに魔法を扱えるようになったわけだけど、どうするつもりなの?」

「どうする…とは?」

「魔法を習ったりするのか、と言う話よ。治す前のことを考えるとあまり魔法を使ったことは無いんじゃないかしら?」


 今まで碌に魔力を使えていなかったのだから、魔法の練習、と言うか知識もあまりないのでは?


「そうだった。魔力が使えるようになったところで使えなければあまり意味が無いじゃないか…」


 今まで笑顔だったロイドは自分が碌に魔法を使ってこなかったことを思い出して落ち込んでいる。あ、これ、もしかしてロイドに近付くチャンスかもしれないわ。


 私は貴族の一員としての教養を養うと言う名目で学校には通っていたし、魔法に関してなら誰にも負けない自信はある。これを口実に魔法を教えることになれば、少なくとも当分は一緒に居られるじゃない!


「だったら私が教えましょうか? これでも学校は卒業しているし成績も上位だったのよ?」


 上位と言うか、魔法の分野に関しては常に1位でした。

 いや、他の貴族の同年代は地位にかまけて碌に勉強はしていなかったし、練習もしていなかったから一切張り合いがなかったのよね。あれで魔法が使えるって威張っているのはただの馬鹿でしかないわ。


「いいのか? あ、いや、さすがにそれは」

「他に当てがあるのかしら?」

「……ない。けど、これ以上迷惑をかけるのは」

「迷惑じゃない」

「いや、だけど」

「そもそも迷惑だと思っていたのならこんな提案はしていないわ」


 一緒に居られるなら何だってする。それに私の本能がこれを逃したら駄目だ、と言っているのよ。だからこれはロイドの意思とは関係なく押し通す。


 それに、毎回ギルドで待ち構えてアタックするのはあの元受付嬢がしていたから、たぶん良いイメージを持っていないと思う。だから、強制的にでも一緒に居られる理由を作る必要があると思うのよね。


「そうか? 何か申し訳ないけど」

「良いのよ。私にも利はあるしね」

「うーん……それなら、まあ。お願いします」

「よろしい! じゃあ、貴方が泊っている場所に連れて行って。あ、それとこれかは名前呼びでお願いね、ロイド」

「え、いや。名前呼びは良いけど、何で泊っている所に?」

「その方が教えるのに都合がいいでしょう? 一々、集まって教えるより、常に一緒に行動した方が効率がいいじゃない」

「いや、まあそうだけど」


 さすがに一緒の所に泊まるのは嫌なのかしら? それとも泊っている場所が特殊で無理とか? とりあえず、もう一押ししてみましょう。


「それに私は今日ここに来たばかりだから、何処に泊まればいいのかよくわからないのよ」

「あぁ、そうか。なるほど、そう言うことか。なら、女の子が泊っても大丈夫なところにした方が良いと思うけど?」

「それは手間でしょう? どうせ時間的にこの後は泊まっている所に帰るのだろうし、私がそれについて行けばいいのよ。と言うことでほらロイド、案内しなさい」

「えぇ、本当にいいのか? あまりいい場所じゃあないのだけど」

「それでもかまわないから、ほら!」

「わかったよ。確か、えっとレイアだったよな? そこまで言うなら連れていくけど、後で文句は言わないでくれよ?」

「ええ!」


 渋々だけどロイドは私を泊っている宿に案内してくれることになった。

 ああ、これで当分は一緒に居られるようになったわ。それに名前も呼んでくれたし、その声も好みだった。本当にロイドは私の好みそのものね。


 そうして、私は受付でカードを受け取った後、今後の計画を立てながら横を歩いているロイドの顔をちらちら眺め、今日から泊ることになる宿に向かった。

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