パラダイス寿と呪われた僕

足袋旅

第1話 パラダイス寿

 赤い日の光が差し込む時刻。

 西日に照らされながら、僕は僕が暮らすアパートの室内で正座させられていた。

 テーブルを挟んだ向かいの壁際には、同居人である金髪で大量の耳ピアスと眉ピアスをした、目つきとガラの悪い男がいる。

 名前は赤根あかねあかねさん。

 変わっていて、かつ顔に似合わない可愛らしい名前であるけれど、決して馬鹿にしてはいけない。

 怒るし拗ねるし、機嫌を回復させるのが大変だから。

 とまあそんな話はさておいて、今は何やらお説教の時間らしいので違うことを考えるのはやめておこう。


祀理まつり君さあ、ここがどんな場所か分かってんの?」


 呆れ果てて怒る気力もない、といった様子で溜息まで吐かれる。


「忘れてないか確認してあげるから、このアパートが何て言われてるかお兄さんに言ってみ」

「パラダイス寿ことぶきです」


 どれだけおめでたいんだろう、とついつい思ってしまうような僕らの住むアパートの建物名を素直に答えた。


「うんうん、はいそうですね。でもさ、俺が言ってんのはそれじゃない方な。世間様が何て言ってるかを言えって言ってんの」

「…お化け屋敷とか怨霊の巣窟の方ですか?」


 イライラが募っていく茜さんの迫力に、少し痺れてきたから崩そうかとずらしていた座り方を正して、真面目に不動産屋さんが言っていた通り名というかあだ名を上げた。

 なんともおどろおどろしい名前で呼ばれているものだ。

 聞いて分かる通り、このアパートは心霊現象が後を絶たないことで有名な物件である。

 所謂いわゆる事故物件だ。

 僕の回答に頷きながら、茜さんは補足する。


「はい正解。他にも狂気の館とかトラウマ製造工場、不幸の掃き溜め、パラライズのろいなんてのもあるな。んでさ、お前何してんの?」


 自分の行動を振り返り、何かしただろうかと小首を傾げる。

 すると茜さんからギロリと睨まれてしまった。

 そんなに怒られることを僕はしたのだろうか。


「惚けやがって、お前は誰をここに連れて来てんだって話をしてんだよ、俺は」

「誰って、友達候補ですよ。だいたい文句を言いたいのは僕の方なのに、なんで茜さんに怒られなきゃいけないんですか。折角友達ができそうだったのに、あんなに脅したらもう一緒に僕と遊んでくれないかもしれないですよ」

「いやいやいや、あれは俺の親切だからな。お前が平気だからって、他の人まで安心だとか思ったら駄目だから。このアパート、マジ舐めんなよ」


 茜さんや不動産屋さんが言うように、パラダイス寿はそんじょそこらの事故物件とは訳が違うそうだ。

 全ての部屋で起こる心霊現象。

 昼夜を問わないポルターガイストなどの霊障の数々。

 寝れば金縛りにあうし、滞在数が長くなるほど悪化する体調。

 入居から一週間もすれば退去するか失踪するか、または霊の仲間入り。

 そんなとんでも物件だと聞いている。


 ただ外観はまともだ。

 住宅街に建つ二階建てのアパートで、部屋数は十。

 外観は少し古臭いが、内観は新築かのように綺麗なものになっている。

 そうなったのは二年ほど前のことだそうだ。


 元々外観は蔦が無数に這い、黒ずみひび割れだらけ。

 内観は天井には顔に見え、壁には人型に見える謎の黒染み。床は擦れた畳張り。風呂とキッチンは狭く、トイレは和式という古めかしいものだったそうだ。

 それがなんということでしょう。

 今では白く塗られた綺麗な外壁となり、レトロながらも見目は良い。

 中に入れば床はフローリング。風呂は足を伸ばせるような広さになり、トイレはウォシュレットこそ付いていないものの洋式に、キッチンには二口のIHコンロが備え付けられている。

 まあ謎の浸みに関してはどうしたって浮き出るようで、そこはもう諦めた様子なのはご愛嬌。

 ちなみに隠れた場所にお札が隠れて貼られているなんてことは無い。

 どうせ貼ってたって心霊現象は起こるし、気付けば剥がれたり破けていたりするから意味がないのだとか。

 

 こんな感じにリフォームが為された理由としては、本当のところ解体したかったそうなのだが、定番ともいえる原因不明の事故で工事は何度も中断することとなったんだそう。

 ならばせめて心霊現象好きな物好きやお金のない人向けということで賃貸を続けられないかと大家さんは考え、ならばせめて見た目をなんとかできないものか。解体は駄目でも、もしかしたら。

 なんてチャレンジ精神でリフォームを行ってみたところ、見事無事に工事は完了したんだそうな。

 商魂たくましい大家さんである。


 まあそのせいで安易に賃貸契約を新たにした借主たちは恐怖を味わい、更なる被害者と悪評、数々の名称を生み出す結果となったと不動産屋さんが笑いながら話していた。

 乾いた笑いで決して目が笑っていないことにむしろ恐怖を感じたものだ。


 そして、そんな近隣の住民ですら怖がって近づかない、むしろ退去していく有様のそんな物件に久方ぶりに現れた住人こそが僕こと古野間このま祀理であり、そこに憑りつく幽霊の一人が赤根茜さんである。

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