バックパッカーの老人と変異体、そして女の子の思い出を思い出す。

オロボ46

バックパックを背負った老人はふと思い出す。仲間にも打ち上げていない過去を。




 木木に囲まれたとある公園の中には、大きな池がある。


 その池の前で、ふたりの女性が話をしていた。


 ふたりとも、腕に手提げバッグを引っかけていることから、買い物帰りなのだろうか。


「本当に!? まさか、あの人が変異体だったなんてねえ」

 女性のひとりが、信じられないように口に手を当てた。

「ええ。なんでも、人の皮を被った変異体ですって」

 もうひとりの女性が、大声を出さないつつ強調するように説明する。

「まあ、人間に紛れ込んでいたの。変異体って、普通の人間が見ると恐怖に襲われるんでしょ? よく姿を隠すことができたわねえ」

「人間に紛れ込んでいたんじゃなくて、人間から皮を剥いでそれを被っていたのよ。たまたまこの街に来ていた変異体ハンターっていう人が、その変異体を確保したみたいだけど」

「まあ、人から皮を剥ぐ……なんて恐ろしい……」


 ウワサ話で盛り上がるふたりの女性の横を、ふたりの人影が横切った。




 ひとりは黒いバックパックを背負った老人。その顔は誰もが認める怖さがある。

 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという独特のファッションセンス。それを周りの木木は違和感を与えないぐらいにはなんとか溶け込ませてくれている。


 もうひとりは黒いローブを身にまとった人物。その背中には老人のものと似たバックパックが背負われている。

 顔はフードで見えないものの、その体つきは女性に近かった。




「……もう昼か」


 公園に建てられた時計を見て、老人は腹をさすった。

「しかし、珍しいことにまだ腹は減っていないんだよな……」

 言葉通りに珍しく思うように、隣のローブの人物は老人の方を見て口を開けた。




 その口からは言葉は出なかった。




 老人の後ろに、小さな男の子がぶつかってきたからだ。




「いててて……」

「ん、だいじょうぶか?」

 尻餅をついた男の子の声に、老人はようやく気づいたようだ。後ろを振り向いて男の子に心配をかけるためにしゃがむ。

「……うん。平気」

 男の子は老人の顔を見ても怖がることはなく、尻をさすりながら立ち上がった。

「あ!」

 すぐに後ろを振り向くと、男の子はその場から走り去ってしまった。

 その男の子を追いかけるように、もうひとりの男の子がこちらにやって来て、ふたりの横を楽しんでいるように通り抜けた。


「……」「……」

 ローブの人物は鬼ごっこをしていると思われるふたりの男の子の後ろ姿を、老人は先ほどまで男の子のいた地面を、それぞれ見つめていた。


 先にわれに返ったのは、ローブの人物の方だった。

 しゃがんだままの老人の背中を、指の腹でつつく。

「……あ、ああ、すまん。ちょっと考え事をしていてな」




 老人は立ち上がると、少し気まずそうに頭をかきながら歩き始めた。




 その後を、ローブの人物が追いかけていった。











 場所はおろか、時さえも変わり、数十年前。


 ビルの建ち並ぶ街並みに囲まれた公園の中には、噴水がある。


 噴水の前に置かれている1台のゴミ箱。


 そのゴミ箱を、ある人影が中身をあさっていた。


 まだ10歳にも満たない女の子に見える。しかし、その腕は膨らみがほぼなく、骨のシルエットに当てはまりそうだ。

 白色を下敷きにところどころが茶色く変色したワンピースを着ており、その前髪は顔を多い被さり、後発は肩まで伸びている。腕を動かすと、髪から白いフケが舞い落ちていく。


 突然、女の子は右の方向に倒れた。あさっていたゴミ箱とともに。


「あ……」


 その側に立っていた男性が、倒れた女の子に目を向ける。

 女の子はゴミの上でうつぶせになったまま、動かなかった。動くほどの力も残っていないのだろうか。


「……まいったな。ちょっと急いでいたら肩にぶつかってしまった」


 頭をかくこの男性、歳は30代と思われるだろうが、顔が怖い。

 黄色のコートを羽織り、頭はショッキングピンクのニット帽を被っている。


 男性は申し訳ないようにうごかない女の子を見つめていた。しかし、面倒くさいという心境もあるのか、辺りを見渡している。


「……」


 周りには誰もいないことを知った男性は、見なかったようにそっぽを向きながら、その場から離れようとした。




「……変異体……」




「!!」

 女の子のか細い声は、立ち去る男性を引き留める効果があった。

「どうして……死なないと……いけないの……?」


 まるで問いかけているような女の子の声を、男性はこれ以上背中では聞かなかった。

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