#17 亀ってここでは食用らしいですよ

店内はにわかに混んでいた。割合としては地元の住民と観光客とで4:6だろうか。はみ出した客は軒先に並んでいた。回崎は特にそれを気にしないで店内に入った。店の中の主人は「琴似川のところの人かい?」などと聞いただけで、メニューも何も出すことはなく、席に案内した。


「昔食べたことがあるんですよ。なかなか、そこまで肉って感じはしなくて魚類って感じな味です。さっぱりしてます」


カラン。コップの中の氷が溶けていく音がした。こうやって亀の話をしていてもそこまで意味がない気がした。だから本題に即座に移る。


「私たちは見たんですよ。鉛筆を」


そうして出したのは数種の鉛筆。ぼろぼろと汚い鉛筆は机に土をつけた。


「ああ、確かにそれですね。私たちがこの島に鉛筆があるということを知ってます。ただ私たちが危惧しているのは、その鉛筆をあなた方が認識したことです」


危惧している、と確かにそう言った。問題があるのだろうか。


「これもらってもいいです?」


「まだいくらでもあるのでいいですよ」


そうは言ってもあと2、3本しかないわけだが。


「それで怪物のことについて教えてください」


ご褒美は何も定食だけのことではない。情報もそれに含む。


「あの怪物も見えている人と見えていない人がいます。だから現象だけ先行してやっと気がつく人がいるんです。蛇姫さんは見えていたようですが、少女さんはそんなことなかったみたいです」


「たとえ脅威が見えてなくても生徒を助けられるという蛮勇は素直に評価してます」と彼はそう言って、どこからの目線なのかはわからないようにして少女先生を褒めた。そこまで少女先生が生徒想いだと私は思っていなかった。


「見えていない人と見えてる人の違いは簡単に言って、何も成していないのにも関わらず満足しているというところです。満足性と言うべきでしょうか。それが心の中にある人には、あの怪物は姿を現します」


まもなくして、頭にタオルを巻いた女性が亀の刺身定食を持ち運んできた。味噌汁と、白飯と、柴漬けの標準的な定食装備に、牛の赤身のような見た目をした肉があった。小さなおちょこみたいな器には黄色の球が鎮座している。


「これは?」


「それは亀の卵ですよ。ホクホクしてて美味しいです。まあ鶏卵にはない味ですかね」


確かにまあ美味しいことは美味しい。味噌汁とよく合う。


「で、つまりあなた方にあれが見えたということは……少なからず満足の病を抱えているってわけですね」


「夢の中で"満足"と名乗る男と話しました。彼はつまり"他者に与えている被害に気づかない人"の前に現れると言っていました」


「もうそこまでいっているんですか?!」


亀の刺身をつまみながら彼はそう言う。私も食べてみる。どこかクセのない味わい。他に形容できるような似た味の肉はない。ともかくさっぱりした味だ。


「やっぱ亀の肉はここに限りますね」


「満足と名乗った男がいればあとはもう少しです。全てのことに肩がつきますよ」


「全て……?とは何でしょう」


「いやいや、こちらの話です。あなたは夢の中で満足と話した。とはいえ、別にあなた方には基本的に関係のない話ですからね。何か選ばれてあの男と話したと思ってません?別になんでもないですよ。彼は昔からそういう適当に関係のない人間に話かける悪癖があるんです」


「そのせいでやたらめんどくさいのですが。あなたが狂ってしまわなければあとはもう問題が解決します」


回崎はぺろっと定食を完食する。食べ終わるのがあまりにも早い。私はまだ白飯が半ばだ。


「アレは第四段階で崩れ始めます。また、第五まで行くことはなかったみたいです」


「ではあの怪物は結局何がいいたかったんですか?」


「なんでしょうねえ」


私は急いでそれを食べた。ご飯が食い終わると次には味噌汁を飲み干した。


「中途半端な解決策を講じるならば、個人的な解決にしかならんのですよ。あなたはあなたであなたの問題を解決すれば……私にとっても琴似川先生にとってもそれはそれで良いんですよ」


「私が何か問題を抱えていると?」


「あー……。そこからですか。私は大前提としてあなたが問題を抱えていると話していたのですが、寛容なとこが抜けていたみたいです。結局、自分のことを理解できるのは自分だけです。そして、中間項の欠如に対して怪物を討伐することはできません」


そういえば、桃園から貰っていた手紙をまだ都々に渡していなかった。まだポケットに入っている。残念なことに、手紙はくしゃくしゃになっていた。


「その満足が誰かを傷つけてはいないかよく考えてくださいね」


私は環凪都々に何をして欲しかったのか?






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