#7 女子高生たちによる死体発見のモノマネ



船から降りて車に乗った先、そこには岩場……タイドプールが集まった海岸があった。


本当に海は広いと思った。砂は地元の海よりも白で綺麗だった。珊瑚礁の砂が含まれているから綺麗なのだとか。潮風が強く吹いて、目に砂が何度も入ってしまう。擦ると余計に涙が出てくる。


ワンピースを風にひらひらさせながら後ろを向いて微笑んでみた。


「皀理、今日だけはその格好似合ってる」


「だろうね」


車の中で見たあの紫色の木は未だにどんなものだったのかはわからない。クラスメイトの間にはそれが見えている人と見えてない人とがいた。環凪都々は全然見てておらず、私の言っていることが全然理解できないと言った。書籍院も同様に赤嶺の言っていることがわからないという風だった。


あとから少女先生がやってきて「山の上に見たものは忘れろ」と何度も何度も過剰なくらいに繰り返してそう忠告した。


少女先生にその理由を聞いた人もいた。「先生たちはアレが何なのか知っているんですか?」との質問は赤嶺のものだった。先生はそれについて「俺も何もわかっていないんだ。ただ校長先生から修学旅行中に見たものは全て無視せよと御厳命を受けている」と答えたが、赤嶺はあまり納得していないようだった。


「うおお〜!皀理っち、かわいい!」


人間の反応はその対象の資質だけではなく環境にも左右されるということが判明してしまった。海辺に佇むワンピース少女の力は何もかも凌駕する。……そう信じている。


「ありがとう!」


「見てみて皀理っち、死んだダツ」


赤嶺天音は波際で発見されたダツをまるで獲物を捕まえてきたネコのように私に見せつけた。


「普通のダツは小笠原諸島付近には生息しないからリュウキュウダツとかかな?でも場所的にはヒメダツとかの可能性もあるよね」


何やら魚類にも詳しそうだ。ダツにはそんなに種類があるのか。


「長いね…これ食べられたりしない?」


書籍院はそう言うが、かなり痛々しく肉が抉られていてあまり美味しそうには見えない。何というか汚いのだ。


「皀理……ちょっとこっちきて」


都々の声がして振り向くと、海岸近くの森に鳥の死体があった。


「何の死体かな」


「都々は死体に興味があるの?」


「皀理か好きかと思って。そうでもない?船の中では死体のことを話すものだから」


「そんなんじゃないよ。死体を取り巻く謎について話してたんだよ」


赤嶺が上手いこと話に割り込んでくる。


「それはメグロじゃないかな?メグロは小笠原固有種だし会えてラッキー!」


「でも死んでるけど赤嶺的にはそれで良いの?」


「んん……?固有種だから死んでるのは悲しいけど、ここで死んでたら多分自然の摂理」


「自然の摂理」


そこら辺はクールらしい。赤嶺は動物好きといえども単なる愛好家ではなく、どちらかと言えば生物種全体を俯瞰的に捉えるタイプなのだろう。


「写真とっちゃお〜」


そこまで珍しい趣味を持つ彼女であるが、写真を撮るために取り出したスマートフォンはギャルみたいにデコられていた。


「ねえ、なんか変な臭いしない?」


そういえば先程から腐敗臭がするのだ。私はその臭いの元を鳥の死体にあるのだと思っていたが、鳥の死体に近づいてみればそういうわけではないようだ。卵を腐らした臭いだった。


「赤嶺?」


赤嶺が藪の方をかき分けていく。


「こっち見て」


赤嶺が指を指す先には何があるのか。藪に隠れて見えない。環凪、書籍院、私の3人で赤嶺と同じように薮をかき分けて進むと……。


「うっ……!キモチ悪い」


「友海にはちょっと酷い見た目かな」


そこには…4つの足がある動物の死体があった。


「ふぅむ……これはイエイヌだね」


「小笠原には野生の犬が生息しているの?」


「まさか。固有種じゃあない。小笠原の動物は基本的に鳥類ばっかだからね。それと人間が持ってきた動物。普通にどこかで飼ってたイヌだろうね」


そのイヌの死体は骨が露出してくるほどに腐敗していて、体の4分の1は溶けてなくなっているようだった。顔はほとんどもう無いようなものだが、顎のあたりの骨がまだ残っている。


「イヌは普通に人間の家畜だよ」


ハエがあちこちに集っている。ところどころ蛆のような白い虫が湧いている。よく見ると……というか赤嶺がその死体の乾燥した肉を適当に弄ると剥がれた肉の皮から動く米粒が湧き出した。


「ひぇっ、よく触れるね」


「待って赤嶺。触らない方がいいよ。なんか絶対やばいやつが入ってる」


「も〜飄々とした皀理っちらしくないなあ」


どこからか取り出したビニール手袋を手につける。


「いる?皀理っち」


「いらないいらない」


私にもビニール手袋を渡してきた。


「皀理っちこういうの好きかと思ったのに」


そんなことはない。死体から薫っている腐敗臭はだんだんと力強さを増していく。腐敗臭は日常的に嗅ぐものではない。よっぽど凄まじい環境で暮らしているのでなければ、朝出しに行ったゴミ捨てくらいでしかこんな臭いは嗅がないだろう。だからこそ、その悪臭は異常な負荷の象徴だった。


「んん〜死んでから結構時間が経っているね」


イヌの死体をガサガサと弄る赤嶺。ビニール手袋の内側には可愛くデコられたピンク色のネイルが確認できた。


「ねえ、私の友人赤嶺天音?」


「ん〜?」


それでも死体を弄る手を止めることはない。好奇心にギラギラなその目にはカラコンが入っていた。


「何で死体を調べなきゃいけないのさ。別に死んでるのならばそれでいいんじゃない?そりゃ悲しいけど」


「別に悲しくないよ。疑問に思っただけ」


私もそれはちょっと気になっていた。


「イヌってのは野鳥であるメジロとか海の幸であるダツとかとは全然事情が違うんだよ。だって人の家畜だ。人間が管理して管轄して飼育してる動物なんだから。こんなところで死んでるのはおかしい」


しかし野犬がこの狭い島の中にいないとも限らない。その回答はいささかに直感的であると言えるだろう。


「今はどういう風に死んだかを調べてるよ。さすがに素人の技術じゃあうまくいくかはわかんないけどね」


メジロが死んでいるのは野鳥だからある意味で当然、そう言う赤嶺だったが、正直法律で保護されているメジロが死んでいるのも違和感がある。


「何で……何でこのイヌは死ぬことになったんだろう」


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