#2 少女おじさん

部屋の中には6人の少女たちがいた。それぞれが別の布団ごとに割り当てられている。仮面を被ったまま離さないのが円寺さん。「まるでら」だからまると呼ばれる。名前が体を示すかどうかについて普遍的な答えは存在しないが、彼女に限って言えばそれは真なのだろう。私はどれだけ食べても太れない体質だからそのような悩みを感じたことがないが、円寺さんは少し食べすぎであると思う。


完全にコミュニティから拒絶をした、一匹狼な雰囲気を醸し出しているのは蛇姫奏多。かなり気合の入った、おそらくはそこそこ値がはるであろうヘッドフォンをつけて音楽を聴いている。漏れ出る曲はどうやらロック調で、激しいジャカジャカとうるさい音が耳に届いてくる。いつもこんな感じで聞く耳を持たない。


ここにはいない、赤嶺天音と書籍院友海はいわゆるギャル系というやつだ。クラスに1人は……いや、2人か3人はいるタイプである。私たちの中ではもっとも流行や世界の流れについて敏感で、忙しく噂話に花を咲かせるのが彼女たちの日常である。


そして私と環凪都々を加えて6人である。


そうこう考えているとまだキャラ紹介が終わっていないことに気がついた。そうえば旅行のメンバーは女子だけではない。他にも男子と先生らがいるのだ。これから推理小説が始まるならば、キャラを1人も漏らさずに説明しておかないといけない、という使命感に駆られて男子たちのいる階に行くことにした。ノックスの十戒はあまり面白くないかもしれないが、せめてそのくらいの礼儀は弁えたいものだ。


恰幅のいい男が階段のところに立っている。男が孤独に階段で佇んでいるといえば煙草を嗜むものと相場が決まっているが、別にそんなことはなかった。


この旅行の顧問の1人、少女先生だ。少女であったことは一度もない、名字が単に少女な人だ。少女なのにおじさん、おじさんなのに少女。


「むっ、近寺じゃないか」


近寺というのは私の名字だ。


「こっちには男子たちの部屋しかないぞ。何しに来たんだ」


「少女先生こそここで何してるんですか?」


「別に何をしてるというわけではないが……」


「私はちょっとキャラ紹介をやらないといけないんです…いや、違いますね。桃園さんに会いたいんですけど」


「別に勝手にすればいい……エントランスで会えばいいだろう。それは特に禁止されておらん。というか別にこの階に会いに行くことも禁止なんぞされておらんが、風紀の問題があるからな」


「風紀の問題ですか……」


まさか道中の船の中で殺人事件を起こすのは気が早いだろう。確かにクローズドサークルは成立しているとはいえ、まだ話も序盤にすぎる。


「用がないならもう帰れ。環凪はどうした。そろそろ愛想を尽かされたか」


「?」


「環凪は常識に疎いお前の面倒を見てやってるじゃないか。わかってないのか」


「面倒を見てるのは私ですよ。都々はあまりにも非常識に疎いものですから」


「でも少なくともお前は常識に疎い。尋常ではないくらい疎い。というより人に合わせる気もないんだろうな。伝える気のない会話、意味の見えない行動。俺は近寺の将来が心配で夜も眠れないさ」


「そうでもないですよ。私はこの流れに合わせ続けるだけですから。主体性などないのかもしれませんね」


「主体性で言えばむしろありすぎるだろうな。良いから行きな」


私は階段を降りるのを諦めてエントランスに行く。何も紹介しておくべきキャラクターは男子たちだけではない。


階段を登ってレストランのある階へ行く。ここは私たち修学旅行一行が入らない場所だから関係ないだろう。さらに階段を登って上に行く。ショップドルフィンのある階だ。


「あれれ〜環凪っちがいないじゃん」


そこでシュークリームだか土産物だかを物色していたのは赤嶺と書籍院の2人だ。私は常に都々と一緒にいる人間だと思われているのだろうか。


「環凪っちと一緒にいないのは珍しいね」


と赤嶺が言う。


「いつも2人は一緒にいるイメージがあるみたいな?」


と書籍院が言う。


2人の言っていることは的外れだ。私は1人で動いていることの方が多い。環凪もそれをわかってる。


「そうでもないよ」


2人はキョトンとした顔をして言った。


「まあ、いくら外から仲良く見えても一人でいる時はあるから当然っちゃ当然?みたいだけど」


「そうだよね。1人でいる時も多いよね」


何か気を遣われたような気がしないことでもない。第一、そっちだって一緒にいることが多いじゃないか。


「私と環凪以上に2人は一緒にいるイメージがあるけど」


「まあそれはそうだね。私は天音と一緒にいるのが楽しいし」


書籍院はそう言った。


「今回の修学旅行だって行き先は2人で決めたからね。友海は北海道へ行ってみたかったみたいだけど」


赤嶺はそう言った。


「「むしろ友達と行くのが旅行っしょ」」


「私は……そんなことはない。自分で選んだ結果として小笠原になった。環凪も自分で選んだって言ってた」


「んん……そっか、まあそういうのも近寺っちっぽさって言うか?」


「そうそう。難しいこと言ってるよね。私たちにはわからないこと」


「別に難しいことは言ってないよ。でも、難しそうに聞こえたなら私が説明できてない証拠だね」


説明の難しさは私が何度も直面してきた問題だ。確かに私が白いワンピースを着ている理由は対象の理想化とそれを自分に取り込むことに関係しているが、それを直感的に理解してもらうのは難しい。まず精神的な防衛本能の1つとして、弱った人間は憧れの人間の真似をし始めるというのがあるということを知って欲しいのだ。私は決して弱った人間の1人などではない。積極的に存在しないものの良さを真似するものであるが、おおむねそういう理屈の上で私は行動している。


「そういえば、赤嶺と書籍院の2人はこんなところで何をしてたの?」


「何って……おやつおやつ。おやつを売店で選んでたんだよ。ついでにいいもんも手に入れたしね」


赤嶺は先程買ってきたシュークリームと小笠原動植物ガイドブックを私に見せた。シュークリームは良いのだが…小笠原植物ガイドブックと題された本は少々興味をそそられた。


「生き物が好きなの?」


「んー、私はね。友海はそうでもないけど」


「私は人間の方が好き。天音とは好きなアイドルとかコスメとかの話は合うけど、そんだけはわからないね。犬とか猫とかがかわいいってのはわかるけど、コケとかシダとかはよくわかんないね」


「えー、かわいいじゃん。コケとかシダとか。まあだからこそこの旅行先を選んだんだよ。独特な生態系を持つこの孤島をね」


「天音、小笠原にある固有種って例えばどんなのがあるのさ」


「植物とかだとガジュマルとかタコノキかな?すごいんだよ!あまりにも幹が強いからその上に乗れるんだ」


「んー、わかんね。動物とかだと?」


「動物とかだとねー、カツオドリとか」


「それもわかんない」


「あ!イルカとクジラが見れる!」


「おお!それはすごい」


赤嶺が生き物好きだということはかなり意外だった。ギャル系の、それも髪の毛を金色に染めて肌まで濃く黒い気の入りようの、言ってしまえば古典的とも言えるくらいの格好をしている彼女が、アカデミックな趣味を持っているのが驚きだ。


「ふっふ〜楽しみだね〜」


赤嶺がそこまで話したところだった。後ろから「ぬっ」というような擬音を伴って小汚い男が現れた。






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