第113話 ハナツ(1)


 ――ハナツ視点――


 それは不思議な感覚だった。

 幼い頃から、他人からはいつも距離を取られていた気がする。


 仲間や友達だと言ってくれる人は何人なんにんか居た。

 けれど、結局は離れていってしまった。


 きっと、あたしが悪かったのだろう。

 あたしは他人に合わせるのが苦手だ。


 一緒にいるのに、いつも一人のような気がしていた。

 そんなあたしでも、初恋はあった。


 隣に住んで居た年上のお兄ちゃんだ。

 彼は優しくて、他の人とは違う気がした。


 けれど、それはあたしにではなく、あたしの姉の事が好きだったからだ。

 姉はあたしと違って美人で気が利いて、誰にでも好かれた。


 そんな姉に気に入られようと、彼はあたしに優しくしたのだ。

 あたしは悲しくて仕方がなかった。


 頑張って『彼をあたしに振り向かせる』という方法もあったのかも知れない。

 けれど、父も母もあたしより、姉を可愛がった。


 あたしなど居ないかのように振る舞う時もある。

 幼い頃は「美人姉妹ね」などと言われた事もあって、その気にしていた。


 けれど、それは姉が美人だっただけで、あたしはついでだったのだろう。

 別に姉の事は嫌いではなかった。


 けれど、彼女と一緒だと自分の嫌な所にばかり気付いてしまう。

 そんな自分が嫌だった。幼い頃のあたしはバカだ。


(いや、それは今もか……)


 頑張ろうとすればするほど空回る。

 きっと、あたしが居なければ上手く行った事の方が多いだろう。


 あたしさえ居なければ、あたしさえ居なければ、あたしさえ居なければ――

 あたしさえ居なければ、あたしさえ居なければ、あたしさえ居なければ――


 きっと、皆そう思っているのだと考えていた。

 この世界に召喚されてからもそうだ。


 あの『セヴァール』という神官も、あたしが<勇者>で女だった。

 だから、しやすいと思ったのだろう。


 失恋の経験もあり、あたしは本能的に『この人も同じだな』と思った。

 別の目的があり、あたしに近づいたのだ。


 だから、あたしは逃げた。

 あの日、彼と出会うまで、本当の自分に気付けずにいた。


 魔法を見たいと言う王子を黒焦げにしていまい、居場所を失くしたあたし。

 街を彷徨さまよっていると当然のように変な連中にからまれる。


 そこで助けてくれたのがアスカ君だ。

 あたしは――また嫌われてしまう――そう思って、その時は逃げてしまった。


 しかし、どういう訳か不思議と興味が沸いたので、彼の事を色々と調べてみた。

 一番、不思議だったのはツルギスケベヨロイヘンタイの二人がそろって「面白い奴に会った」と言っていた事だろう。


 確かに、彼は変っていた。人間の仲間の代わりに<魔物>モンスターの少女<ロリモン>を連れ、面倒を看ているという。


 その所為せいで、他人から色々と言われているのに然程さほど、気にした素振りも見せない。

 それどころか、彼を嫌っていたはずの人達は、次々と彼と仲良くなっていく。


 ――彼なら、こんなあたしとも仲良くしてくれるかも知れない。


 そんな事を考えてしまった自分を笑う。

 それまでの自分にとっては、他人は自分を計るための『物差し』でしかなかった。


 あたしの事を好きになってくれるか如何どうか、それだけが重要なのだ。


(それを『面白い人』と思ってしまうなんて……)


 あたしの世界が変わり始めた。



 †   †   †



「楽しそうですね、ハナツ」


 とロリガインさんが話し掛けてくる。

 男か女か分からない機械のような音声だ。


(いや、実際にロボットなのだけれど……)


 あたしは今、そんな空飛ぶ機械にまたがっていた。

 剣と魔法の世界なのに、機械に乗るというのは、はっきり言って変な気分である。


 <魔族>の所為せいか、大気はよどんでいた。

 嫌らしく身体にまとわり付くような気がする。


 救いなのは、空の上に居るためか、風はヒンヤリと冷たかった事だろう。

 気持ちが引き締まる。程好ほどよい緊張だ。


 そして同時に、あたしの心は『青空のように晴れやか』だった。

 ロリガインさんの質問に、


「はい♪ 楽しいですよ!」


 と答えるあたし。風が強いので、密着するような姿勢を取っている。

 ロリガインさんは、

 

「また、貴女あなたの嫌いな一人なのに……ですか?」


 と疑問を口にした。

 出会った頃のあたしを知っているので、そう思うのだろう。


 あの頃は心に余裕がなかったので、仕方がない。

 遠くの空を見詰めると、くろに染まっていた。


 きっとあれが人々や<魔物>モンスター達を狂わせる『黒い魔素』というヤツなのだろう。

 アスカ君には考えがあるようだった。


 ――けれど、どうするつもりなのかな?


 少し心配だ――彼はいつも誰かのために動いている気がする。

 いつもだったら、あたしを遠ざけるために――こんなお願いをしたのだ――とうたがっている所だ。


 けれど、彼はあたしを信じてくれた。

 あたしに自信を付けさせるため、あたしの事を皆に認めさせるため、あたしの居場所を作るために――今、この任務をくれたのだ。


 なら、あたしは彼の進む道が少しでも楽になるように手助けして上げたい。

 今までのあたしは全部、自分のために動いていた気がする。


 好かれたい、嫌われたくない、められたい、大切に思って欲しい。

 それが全てではなかったとしても、自分というモノを見失っていた気がする。


 誰かのために動く――彼があたしに気付かせてくれた事だ。

 それは人とつながるという事。あたしに足りなかったモノ。


「今は仲間と呼べる人が居ます」


 だから、一人ではありません!――あたしは胸を張る。


「それにロリガインさんも一緒じゃないですか……」


 そう言って、あたしは機械の身体からだを優しくでた。


(一人じゃない事が、こんなにも勇気をくれる事だったなんて……)


 まだ少し距離はあった。だけど、丁度いい。

 私は立ち上がると、迫りくる<魔物>モンスター目掛け杖を構えた。


 <雷>の魔法はめが必要だ。

 あの数では、何度なんどか放つ必要があるだろう。


 アスカ君は――敵の司令塔ボスを先に倒して欲しい――そんな事を言っていたと思うけれど……。


(あたしの魔法は、それほど器用じゃないよ……)


 今までとは違う落ち着いた気持ちで、あたしは<雷>の魔法を放つ。

 大気の精霊達が、あたしに力を貸してくれるのが分かった。


 数発撃ち込み、弱い<魔物>モンスターをほぼ一掃する。

 あたしの<雷>の魔法は、広範囲の敵を相手にするためのモノだ。


 それを無理に、標的を絞って一点へと攻撃していた。

 そのため、失敗していたのだとロリガインさんに指摘される。


 なので、仲間のいない状況で広範囲に敵がいる場合、あたしの<魔法使い>としての能力ちからは本領を発揮した。


(実にあたしらしい魔法だ……)


 最初はそう思っていた。友達のいないあたしには打って付けの魔法だ。

 けれど、アスカ君もロリガインさんもそうは思っていなかったみたいで――

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