第101話 宵闇の森(13)


「ほぉ、根性だけはあるようだな……」


 と<魔族>。仕留しとめたつもりだったのだろう。

 ヨロヨロと立ち上がるツルギに対して、くやしがるのかと思っていた。


 けれど、口元には余裕のみを浮かべている。


 ――どうやら、勝利を確信しているようだ。


(さて、謝るフリをして『聖水』でも掛けてやろうか……)


 目は見えていないはずだ。

 しかし<魔族>は僕の方を向いた。


 一瞬だけど、目が合ったような錯覚さっかくおそわれる。

 さっさと土下座でもしようか?――と考えた時だった。


「おやおや、大きな音がしたので何事なにごとかと思って来てみれば――」


 我が<ロリス教>の救世主・アスカ殿ではゴザらぬか!――と聞き覚えのある声。

 誰もないはずの森から軽装の青年が現れた。


「トレビウス!」


 僕が声を上げると、


「どうやら、間に合ったようでゴザルな!」


 フッ!――と髪をかきあげる。その姿はTシャツにジーンズ。

 どう見ても、近所の大学生にしか見えない。


(サークル活動の帰りだろうか?)


 一方<魔族>は、この闖入者ちんにゅうしゃに対して警戒している。

 視覚と聴覚を失っているため、感覚が鋭敏になっているのだろうか?


 強者である事を一瞬で理解したようだ。

 最早もはや、僕とツルギの事は警戒するにあたいしないらしい。


「<ヘンタイ>でち! やっつけてやるでち!」


 とルキフェ。飛び掛かろうとする彼女をきかかえると、


まかせていいかな?」


 僕はそう言って確認する。するとトレビウスは、


「問題ないでゴザルよ♪」


 無駄にさわやかな笑みを返すと、


「実は親父オヤジ殿からも頼まれていましてな……」


 そう続けた。


 ――バルクスさんが?


 首をかしげる僕に対し、


「心配なので、ついて行ってやってくれ――と頼まれた次第でゴザルよ」


 と答える。

 元冒険者のかん――というヤツだろうか。


親父オヤジ殿から拙者せっしゃに『頼み事』とは、本当に珍しい事もあるモノでゴザルな」


 そう言ってトレビウスは笑った。


「まぁ、拙者せっしゃも『このTシャツのお礼』が言いたかったので――」


 ――カキンッ!


 鋭く硬いモノ同士がつかる音がした。

 すでにトレビウスは剣を抜いている。


 細身の長剣レイピアだ。

 一方<魔族>の方は腕を硬質化させているようだった。


 その硬く鋭利な爪でトレビウスにおそい掛かったらしい。


 ――正直、気付けなかった。


 <魔族>はヨロヨロと後方へと下がる。

 トレビウスが剣ではじいたのだろう。


 ――いや、違った。


 突然<魔族>の腕に傷が浮かび上がり、血を吹き出す。

 斬撃ざんげき勝負ではトレビウスに分があるようだ。


(これなら、任せても問題ないな……)


世間話せけんばなしは後だ……」


 気を付けて!――僕はそう言うとツルギの元へと向かった。

 早く回復させなくてはいけない。


「させるかっ!」


 と<魔族>。どうやら『トレビウスを倒すのは難しい』と判断したようだ。

 僕達だけでも倒そうと思ったのだろう。


 けれど、当然のようにトレビウスが立ちはだかる。


「おっと、何処どこに行く気でゴザルか?」


 再び<魔族>を剣で弾き飛ばした。草木が鬱蒼うっそうしげる森の中、Tシャツとジーンズ姿で陽気にロボットダンスを踊るトレビウス。


「いやぁー、今日の拙者せっしゃ……新しいTシャツのお陰で能力が三倍でゴザルよ♪」


 僕が作った<ロリモン>Tシャツを自慢げに披露ひろうする。


(余程、嬉しいらしい……)


 その隙に僕達は無事、ツルギの元へと辿たどり着いた。


「大丈夫かい?」


 僕の問いに、


「いったい、誰だよ――アイツ……」


 そう言って、ツルギは咳込せきこむ。

 外傷は無いようだけれど、ダメージはひどいようだ。


「味方だ! いいから、今はしゃべるな……」


 僕はツルギに回復魔法【ファーストエイド】を使用する。

 そのかん、彼の視線はずっとトレビウス達の方へと向けられていた。


 <魔族>による、硬質化させた腕から繰り出される素早い連撃。

 バチバチッ!――光がはじけて見えるのは<雷>の属性付与だろうか?


 しかし、トレビウスはなんなく剣ではじく。

 そして――通り過ぎるかのように<魔族>と交差する。


「ぎゃぁーっ!」


 <魔族>は悲鳴を上げた。背中の翼が斬り落とされる。


「やはり、その翼は幼女にこそ相応ふさわしい……」


 トレビウスによる謎の発言。一方<魔族>は真剣だ。

 視力がかすかに戻ったのか、トレビウスをにらみ付けると、


「オレ様は『ロリアハン』壊滅支部四天王の一人『雷鳴の――」


 そう言い掛けるが、言葉は続けられない。

 トレビウスが、その両腕を斬り落としたからだ。


 相手は声にならない悲鳴を上げる。


「大変でゴザル!」


 とはトレビウス。


「どうしたの?」


 一応、僕が聞くと、


拙者せっしゃとした事が『ルキフェたん』に渡すための花束を……」


 忘れてしまったでゴザル――そう言って落ち込んだ。

 正直、ルキフェは花をもらって喜ぶタイプでない。


(けれど、ここは黙っていた方が良さそうだ……)


 トレビウスは首を動かし<魔族>へと視線を向けると、


「これも<魔族>――貴様きさま所為せいでゴザルなっ!」


 言い掛かりをつける。相手としてはたまったモノではないだろう。

 しかし、腕と翼を斬り落とされた<魔族>にとっては、言い返す余裕もない。


「くっ、こうなれば――」


 と魔力を放出する。

 どうやら、周囲を巻き込み自爆するらしい。


「トレビウス、下がれ!」


 僕は命令すると、彼は大人しく言う事を聞く。続けて、


「メルク――【ウォーターボール】だ!」


 と僕は叫んだ。

 トレビウスの事は分からなかった。


 けれど、彼女達が近くまで来ていた事は分かっていた。

 巨大な水のかたまりが飛んで来ると<魔族>をつつむ。


 同時に稲光が発生し、その熱量エネルギーは<魔族>を中心に暴れた。

 電気の熱量エネルギーが水の中を走り回り、ビカビカと発光する。


 水がボコボコと音を立て沸騰し、周囲を水蒸気がつつみ込んだ。

 だが、それもぐに終わる。


 ――<魔族>が死んだからだ。


 <メッセージウィンドウ>が表示され、僕達のレベルが上がった事をげる。


「どういう事でゴザルかな?」


 とはトレビウス。ツルギも同様に困惑していた。


「自爆するのは予想の範囲内だったからね……」


 水でつつんで感電死ショートさせた――と僕は答える。


「そのような方法が……」


 トレビウスはあごに手を当て、感心する。

 彼の事だ。『魔法剣』でも使えるのだろう。


 <魔族>ごと、斬り裂く気だったに違いない。


「余計な事だったかな?」


 僕の質問に、


「いえいえ、拙者せっしゃには思いつかない方法でゴザルよ」


 とトレビウス。

 それよりも『ルキフェたん』が無事で良かったでゴザル――と微笑ほほえむ。


 一方で、


「お兄ちゃん!」


 とメルクが僕にき付いてきた。

 どうやら、心配を掛けてしまったようだ。


 少し離れた場所ではラニスとユーリアも心配そうに、こちらを見詰めていた。


「全部、アタイのおかげでち!」


 とルキフェ。本来なら、イルミナの突っ込みが入る所なのだろう。

 しかし、彼女はラニス達のそばる。


 代わりという訳ではないけれど、


流石さすがはルキフェたん!」


 トレビウスが相槌あいづちを打つように反応した。


(やれやれ――ずは火事をどうにかしないと……)

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