第59話 師匠の家(12)


 師匠と話をしていると、


「お兄ちゃん、連れて来たよ……」


 とメルク。彼女の後ろには、アリスとガネットがひかえている。


(ルキフェとイルミナが喧嘩ケンカをしていなければいいのだけれど……)


 僕はメルクに――ありがとう――とお礼を言う。

 頭をでて欲しそうにしていたので、優しく触れる。


 すると――うにゃん♥――とメルク。

 頬に両手を当てると、嬉しそうに脱衣所を出て行った。


 僕は残された二人を浴室へと招き入れる。

 アリスは特に警戒けいかいする様子もなく――ピョコピョコ――と中へ入って来る。


 一方、ガネットは足がすくんでいるようだ。

 僕は彼女をっこして、運ぶ事にした。


(さて、さっさと済ませてしまおう……)


 アリスは――なにして遊ぶんだ?――とワクワクしている。

 勘違いしているのだろう。いまいち、状況を理解していない様子だ。


 ガネットの方は相変わらず――ビクビク――とおびえていた。

 あまりおびえられると、こちらが悪い事をしている気分になるのでめて欲しい。


 よく見ると、彼女の瞳の色は薄い気がする。

 元はモグラだ。あまり視力が良くないのかも知れない。


 だとすると、おびえていたのは『見えていないのが原因』なのだろうか?

 僕は――大丈夫だよ――とガネットの頭をでる。


 それで落ち着いたのか、安心して僕に体重をあずけてくれた。

 けれど、これでは彼女達を洗う事が出来ない。


 僕は――少し大人しくしていてね――とガネットを降ろす。

 彼女は僕のそばが安心出来る場所だと認識したようだ。


 あまり離れようとはしない。

 風呂椅子バスチェアに腰掛けた僕の背中に触れたまま、大人しくしている。


ずは、アリスから洗うか……)


 彼女の場合、目を離すと勝手に動き回りそうだ。

 アリスを目の前に立たせると泡立てたタオルで身体をこする。


 それに対し――くすぐったいぞ――と笑うアリス。

 身体が泡塗あわまみれなので、本当にウサギみたいだ。


「痛くないかい?」


 ちから加減を確認するため、僕が声を掛けると、


大丈夫だいじょーぶだ!」


 笑顔で答える。これなら、もう少し力を加えてもいいだろう。

 手早く洗う事が出来た。お湯を掛けて、浴槽に居る師匠にあずける。


おぼれないように見ていてね」


 僕の言葉に、


「任せておくのじゃ!」


 と師匠。アリスを浴槽のふちつかまらせる。

 十数えるのじゃぞ――とれた様子だ。


 次にガネットを洗ったのだけれど、身体をちぢこまらせてしまった。

 仕方がないので、そのまま洗う。


「痛くない?」


 僕が聞いても――フルフル――と首を横に振るくらいしか反応してくれない。


(コミュニケーションを取るのは、少し難しそうだ……)


 洗い終わると、アリスと交代する。

 今度は彼女の頭を洗う。


 ちゃんと目を閉じているように言ったのだけれど、目に洗髪剤シャンプーの泡が入ったようだ。痛いとさわぐので、急ぎ、お湯で流す。


(明日、シャンプーハットを街で探そうかな……)


 ――いや、セシリアさんなら持っていそうだ。


 師匠にはアリスを連れて、先にお風呂から上がってもらう。

 ガネットのクセのある桃色の髪を洗っていると、ルキフェが入ってきた。


 ビクッ――とガネットが反応する。


「大丈夫だよ」


 僕は彼女をなだめると、お湯で洗髪剤シャンプーの泡を流した。

 軽く身体をいて、脱衣所に連れて行く。


 すると、そこにはイルミナが待機していた。

 僕は彼女に、ガネットの事を頼んだ。


「任せて、兄さん」


 どうやら、僕に頼られたのが嬉しかったらしい。

 今の彼女からはやる気を感じる。


 僕は――ありがとう――とお礼を言った。

 そして、メルクにしたように彼女の頭をでる。


 やはり、イルミナは状況を見て判断するのが得意なようだ。

 ぐに自分がすべき役割を把握する。


「キキッ! あるじ、さっさとアタチの相手をするのでち!」


 と声を上げるルキフェ。

 こっちは逆に、注目を集めるのが得意らしい。


「分かったよ……」


 僕はそう言って苦笑すると、浴室へと戻った。



 †   †   †



 ルキフェを洗い終わると、僕は一旦、外へと出た。

 まきべるためだ。


 誰もいないので、腰にタオルを巻くだけでいいだろう。

 メルクにも来てもらい、かまに水を補充する。


 それが終わると、イルミナの番だ。

 正直、翼があるため、洗うのに一番気をつかう。


 そして、最後はメルクだ。

 イルミナとは逆に、洗うのは一番楽だったりする。


 洗髪剤シャンプーで頭を洗い、身体は石鹸せっけんを泡立て、素手でこする。

 プヨプヨとした触感がクセになりそうだ。


 お湯を掛けて、洗い流すと、


「お兄ちゃん、今度は私がお背中流すよ☆」


 とメルク。その無邪気な笑顔に、


「じゃ、お願いしようかな……」


 僕は背中を流してもらう事にした。


「私、上手く出来てる?」


 腕を伸縮させ、器用にタオルで背中を洗ってくれるメルク。

 そんな彼女に――ああ、気持ちいいよ――と僕は答えた。


 メルクは――えへへ♥――とはにかむ。

 気を良くしたのか、


「次は前も洗うよ」


 と回り込む。流石さすがにそれは遠慮した。

 僕は急いで、頭と身体を洗う。


 浴槽はメルクが一人で入るには大きい。

 そのため、一緒に入る必要があった。


(<水>属性だし、おぼれる事はないだろうけど……)


 僕達は一緒に湯船につかかった。

 座った僕のひざに彼女を座らせる。


「お兄ちゃんと一緒♪ お兄ちゃんと一緒♪」


 上機嫌のメルク。ピコピコとツインテールも連動して動く。

 僕はそれをつままむと、


「強くなったね」


 そう言って――プニプニ――と指で動かしてみた。


「えへへ♥ お兄ちゃんのお陰だよ」


 とメルク。嬉しい事を言ってくれる。

 

「じゃ、僕も頑張らないと……」


 何故なぜか、少し眠くなった。

 このままでは僕の方がおぼれそうだ。


「お兄ちゃんは頑張ってるよ?」


 そう言って、首をかしげるメルク。


「もっと頑張らないと……」


 気合を入れる意味も込めて、僕は自分の頬を両手でたたく。


「分かったよ☆ 私も頑張る!」


 そう言って、メルクも僕の真似まねをする。

 ペチンッ!――と両手で頬をたたいた。


 <スライム>なので――プルプル――と全身が連動して揺れる。

 その様子が面白くて、僕はつい、笑ってしていまう。


 キョトン――とするメルクに、


「そうだね、一緒に頑張ろう!」


 そう言って、僕は彼女をき上げると、ゆっくりと立ち上がった。


流石さすがに重たいかな……)


 もう、今までのように――っこする――という訳にはいかないようだ。

 それでも彼女は、


「うん、お兄ちゃん……大好き!」


 と僕の首に手を回した。僕達はお互いに額をくっつけると、


「ああ、僕も『大好き』だよ……」


 彼女に告げる。うにゃん♥――とメルク。

 そのまま、溶けてしまいそうになる。


 僕は苦笑しつつ――やっと、この世界に来て、のんびりする事が出来た――そんな事を思った。

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