第58話 師匠の家(11)


 僕は今、師匠と一緒にお風呂に入っている。

 手前に座らせた彼女の髪を丁寧ていねいに洗っていた。


洗髪剤シャンプーたぐいといい、調味料といい、充実してるよな……)


 ――変な所で、便利な世界だ。


 僕がこの世界に来る以前から――何人なんにんもの人間が召喚されている――と聞いた。

 その所為せいだろう。一方で――


「ふむっ! そんな事があったのか……」


 と師匠。僕は<ジャイアントボア>との戦闘を簡潔に説明する。


(やはり、上位種が出現するような森ではないらしい……)


 そんな彼女の耳の後ろを洗うと――


「ひゃんっ」


 色っぽい声を出す。

 そして――くすぐったいのじゃ♥――と楽しそうに言った。


「変な声、出さないでよ……」


 困惑する僕に対し――聞こえないのじゃ♪――と返事をする師匠。


(いや、聞こえてるじゃないか……)


「きゃうっ」


 師匠は再び、嬌声きょうせいを上げた。


(やれやれ、だな……)


 彼女の機嫌を取るためにも、今は二人だけの時間だ。

 アリスやガネットの事は、メルク達にお願いしている。


 心配なので、ぐに終わらせたい所だ。

 しかし、その場合、師匠の機嫌をそこねてしまうだろう。


 折角せっかく、機嫌が良くなったので、それは得策ではない。


「お湯を掛けるね……」


 そう言って、僕は洗髪剤シャンプーの泡を流す。

 ぷはっ――と師匠。呼吸をした後、顔の水滴を素手でぬぐった。


わしが一緒なら一撃ワンパンじゃぞ!」


 よ、いてくれんか?――と師匠は顔を突き出す。

 目をつむり、まるで接吻キスをせがむような仕草だ。


 無防備なその表情に、変な気を起こしそうになる。

 僕はタオルで彼女の顔をきながら、


「師匠が一緒だと、<魔物>モンスターが出て来ないだろ……」


 とつぶやいた。師匠は、


「分かっておるわ! 言ってみただけじゃ♪」


 何故なぜか楽しそうに答える。


(後がつかえているから、急いでいるんだけれど……)


 僕はその感情を顔には出さず、平静へいせいよそおい師匠の髪に触れる。

 そして、ぐにかわくように、その長くて綺麗な髪をタオルでつつんだ。


(次は身体を洗わなくてはいけない……)


 しっかりと石鹸せっけんを泡立てる。

 黙っていても、彼女に揶揄からかわれるだけなので、


「師匠の方は、今日はなにをしていたのさ?」


 また、アイドル活動?――と質問する。


(どうせ、答えてはくれないのだろうけど……)


 すると師匠は首をかしげ、


「アイドル?」


 と疑問符を浮かべた。やはり、質問に答える気はないようだ。

 僕が冗談で言った方の単語に反応する。彼女は、


なんじゃ? 『ロリライブ』に興味があるのか……」


 と冷めた視線を僕に送る。また、新しい単語が出て来た。

 僕は内心、おどろきつつも、


「『ロリライブ』ってなに?」


 いや、予想はつくけど――落ち着いた態度で質問する。

 泡立てたタオルで、師匠の腕と背中を洗った。


「<ロリモン>達によるライブに決まっているのじゃ☆」


 そう言うと師匠は立ち上がる。そして、


「歌と舞踊ダンス、それに競争レースじゃ!」


 さも当然のように言い放つ。


(いや、それよりも……)


 正面を向いたという事は――洗え――という意味なのだろう。


(前は『自分で洗える』と思うんだけれど……)


 師匠は――当然――といった様子で、ずかしがる様子もない。

 そのいさぎよさに、むしろ、こっちがずかしくなる。


 見た目や肌の感じは、年相応の子供のそのモノだ。

 けれど、思春期特有の過剰とも言える羞恥心がない。


(いったい、いくつなのだろう?)


 そんな事を考えたけれど、実際に質問出来る訳もない。

 『ロリライブ』についての説明も、要領を得なかった。


 詳しい事は明日、セシリアさんに聞こう。


「師匠の肌、綺麗だよね」


 僕は彼女の身体を洗いながら、正直に言った。

 こういうのは溜め込むと、悶々もんもんとしてしまう。


「ふふん♪ まだまだ、若い者には負けんわ」


 と得意げな師匠の様子に、僕は苦笑する。


(本当にいくつなのだろう……)


 お湯で石鹸せっけんの泡を流す。


「髪も綺麗だよね……」


(長くて、洗うの大変だけれど……)


 後は浴槽よくそうに入って、あたたまってもらえばいいだろう。

 残念ながら、僕の方はゆっくり出来そうにない。


 ドアを開け、僕はアリスとガネットを呼ぶ。


「フンッ! これも<魔物使い>の立派な仕事なのじゃ」


 師匠はそう言って、浴槽よくそうで足を伸ばした。

 

「<ロリモン>は『浄化』のため、『魔素まそ』を体内に取り込むからのう……」


 ブクブク――と油断をしたのか、師匠の顔がお湯に入ったようだ。

 おぼれた訳ではないので、大丈夫だろう。


 ――それよりも⁉


(今、さらりとすごく大切な事を言わなかっただろうか?)


「<魔物使い>は、きちんとソレを洗い流してやらねばならんのじゃ……」


 だから、毎日一緒にお風呂に入る必要があるのじゃぞ!――と師匠。


(本当だろうか?)


 確かに、ルキフェ達もそんな事を言っていた。

 ただ、『浄化』の能力があるのは初耳だ。


(<魔族>が<ロリモン>を恐れている理由って、ソレじゃないのか……)


 ――いや、絶対にそうだ!


「僕は……ちゃんと出来ているかな?」


 師匠を問い詰める事はせずに、質問を投げ掛ける。

 重要なのは――そこじゃない――からだ。


 もし、最初に聞いていたのなら、メルク達に強さだけを求めていたかも知れない。

 僕はきっと、彼女達を仲間にはしなかっただろう。


(だけど――必要なのはもっと別のモノだったんだ……)


 <プランダークロウ>に<ジャイアントボア>――

 奴らとの戦いをて、その事を少しだけ理解した。


「まだまだじゃな……」


 だが、すじはいい――と師匠。

 人に身体を洗わせておいて、随分ずいぶんえらそうな態度だ。


「これからも精進しょうじんするのじゃぞ」


 そんな彼女の台詞セリフに、


「はい、師匠……」


 僕はそう答えて、苦笑する。

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